溢れる、溢れる気持ち
唯一無二の可愛らしい長い耳
ふわふわの体はいつ触っても柔らかくて暖かい。
撫でると目を細めてなぜか歯をカチカチと鳴らす。
逃げるときはシュバっと、まさに一瞬で脱兎のごとくどこかへ消えていく。
コードには注意。対策をしないと噛まれてしまう。
ぴょんぴょんと飛ぶ仕草も
耳が休んでいても常に全方向へ動いてる仕草も
物を食べているときのヒゲの動きも
全てが愛らしい
溢れる、溢れる気持ちを
私の愛しのウサギへ捧げる。
「バイバイ」
私は遠距離恋愛をしている彼氏を見送りに、夕方頃に新幹線の駅のホームにいた。
彼氏は私の方を見て寂しそうな顔をすると、ギュッと私を抱きしめる。
「またね、俺、この瞬間が一番嫌い」
「私も。朝あなたが新幹線のドアを降りて来た時が今日の一番幸せな時間だったよ。時間ってあっという間だね」
「そうだよな、一瞬しか一緒にいられなかった気がする」
私は彼氏に抱きしめられながら目を閉じる。
暖かい。この瞬間をずっと留めておければいいのにと思う。
「今度来れるのは再来週?」
目を開けて、彼を見上げると、彼は私を見下ろして言う。
「うん、今月は休日出勤少ないから再来週には絶対に時間作って会いに来るよ」
いつもは1ヶ月ほどは会えなかったりするから、今回の間隔は割と短いほうだ・・・でも私にとっては再来週でさえ長く感じる。
「長いね・・・。でも再来週に希望を持って頑張れそう」
私は、彼氏のまた会えるという約束に、心が、少しだけ上を向いた気がした。
それでも、別れたくないという気持ちは変わらずに私の心を占めていたけど。
「俺も、またすぐ会えることを考えて、仕事頑張るよ」
彼氏は私に笑いかけると、顔を近づける。
私も目を閉じて、私達は軽いKissを交わした。
Kissの後で二人で目を開けて微笑み合う。
「好きだよ」
という彼氏の言葉に、
「私の方が好きだよ」
と返す。
「俺に決まってるだろ。再来週証明するよ」
と彼氏は笑う。
私が頷くと、新幹線の出発のベルが鳴る。
「また再来週な」
と、彼氏が新幹線の中に入り、ドアの所で私に手を振った。
彼氏の顔を見てるのが切ないけど、少しでも長く見ていたい。
「また再来週に」
私は無理やり笑顔を作って手を振る。
ドアが閉まって、新幹線は発車する。
新幹線はどんどん遠ざかっていく。
私は、彼氏の乗る新幹線が見えなくなるまでその場から動くことが出来ずにずっと見送っていた。
僕は荒廃した土地を見回した。
ここはもう駄目だ。
地上は100年前に核戦争が起こって、地球の緑も荒れ果て、砂漠化も相まって住める状態じゃなくなっていた。
ここが昔は緑に溢れていたなんて伝説、僕には到底信じられない。
僕たちはかろうじて生き残っていた植物の種を地下で栽培して生きている。
地上に出るには、こうしてマスクをして出ないといけない。
何もない、砂だけ。遠くに崩れた建物が見える。
遺伝子異常を起こした動物が動いている。
あの動物達は何を食べているんだろう、と疑問に思う。
僕たちは地下に巨大な都市を建設している。
地上が荒れ果てて住めないと判断して、地下に潜ってなお、人類は増えている。
どんな事があっても生き物が絶えることはないんじゃないのか、と思わせる。
核戦争を乗り越えてなお、まだ生きている人類に想いをはせる。
この先何百年、何千年経ったとしても人類の命のリレーは続いていくんだろうか。
この先、地下核戦争が起こらないとも限らないだろうに。
そう考えて、背筋が寒くなる。
もし地下に住めなくなったら今度はどこへ住みだすのかな。
人間の生命力の強さと、戦争の愚かさにため息をつき、僕は地下への階段を降りながらマスクを外した。
「君のこと、忘れないから」
そう言い残して勿忘草を一輪渡して去って行った彼氏。
次の日には、連絡が取れなくなっていた。
それまでケンカ一つしないで仲良く話していたのに。
私はショックすぎて、怒りと、悲しみと絶望と苦しい気持ちに苛まれていた。
あれから三ヶ月。
全然心の痛みは和らがない。
あれから、もらった花の花言葉を調べてみた。
私を忘れないで、と真実の愛、という複数の意味があるらしい。
忘れないで、なら、別れても忘れないでね、という意味かなと思うし、真実の愛、なら待っていてという意味ともワンチャン捉えられる。
でも、連絡つかない時点で、もう終わりなんだろうな、と、私は諦めのため息をついた。
ピンポーン、ピンポーン
その時、チャイムが、けたたましく連打された。
私が玄関に行くと、当の元彼?がそこに立っていた。
「ごめん!まさか届かないなんて・・・僕のこと忘れてない?他に彼氏とかできてないよね?!」
彼氏は、私が扉を開いた瞬間に私を抱きしめてそう言う。
「は・・・?生憎あなたに振られたショックで彼氏なんて作れる状況じゃなかったわよ」
「違うよ、僕は振ってなんてない!」
彼氏の声が大きくなり、マンションに響きそうだ。私は彼氏に玄関に入るように言う。
「ごめん、興奮して・・・。急に会社から海外へ短期出張が入って・・・。君と離れたくないし、君に会ったら離れたくないって泣き言言いそうだから、一言だけ告げて、後は手紙に出張のことと、連絡先とか書いていたんだよ。会社から携帯支給されてたから、普段の携帯は契約休止してて・・・」
「えっ・・・?手紙?届いてないよ」
私は彼氏の言葉にびっくりして問い返す。
「そうだよ、今帰ってきてびっくりしたよ!僕のポストに君に送ったはずの手紙が戻ってきてるんだもの!!道理で君から連絡こなかったはずだよ。てっきり君に嫌われてしまったと思って、僕も連絡できなかった・・・」
「紛らわしいのよ!今までどれだけ悩んだと思ってるのっ!」
「本当にごめん、だけど、君に話すの辛くて、本当に好きだから離れたくなかったんだ・・・許してくれる?」
彼氏は私を抱きしめた。私は混乱する気持ちと、やっぱり彼氏のことが好きだという気持ちをいだいていた。
「・・・今まで辛かったけど、あなたのことはずっと好きだった。だから、許すしかないみたい」
私の言葉を、聞いて、彼氏は何度もありがとう、と抱きしめる。
「ちなみに、あの勿忘草の意味ってなんだったの?」
その後、家で、2人でお茶を飲んでいる時に私は聞いてみた。
「もちろん、永遠の愛、だよ」
彼氏の言葉に、私はせめてあの時言葉で言ってくれれば良かったのに・・・と思う。
「でも、今度出張の時はそんなことにならないように誓うよ。その時は君も連れて行くから」
「えっ、それって・・・」
私が質問しようとすると、その言葉は彼氏の優しいキスで塞がれてしまった。
ゆーらゆら
私はブランコに揺れながら真夜中の公園で星空を見ていた。
ゆらゆらしていると何もかも忘れてしまえる気がした。
明日は会社に行きたくないなぁ。
そう思いながら星空を視界一杯に入れていると、何だか星空と一体化しているような感覚になる。
ここまま溶けて空と混ぜられて永遠に空に留まれればいいのに。
空から人々を眺めるのは楽しいだろうな。
私は揺れ動くブランコの振動をゆるやかに感じている。
そうしているとだんだんブランコの揺れが落ち着いてくる。
ふぅー。
私はため息をついた。
何でこんなに苦しいんだろう。
毎日会社に行くのが辛くて。
一日一日をやっとこなしている。
ブランコが止まってもしばらく私は動けないでいた。
「明日行けばお休みだから」
「明日行けば祝日だから」
「あと少しで定時だから」
こんな誤魔化しでどこまで頑張れるんだろう。
幼い頃を思い出す。
こんな風に同じように、ブランコに揺られていたけど、
小学校の時は無邪気の塊で明日の心配をすることがなかった。
ただ、私は明日が楽しみで、希望に満ちた明日が確約されているのだと思っていたのに。
それでも明日は無情にやってくる。
私はため息を付いて幼い頃の楽しい記憶がつまったブランコを振り返る。
そして、重い体を引きずって、家への帰り道を辿りだしたのだった。