私は学校帰り、近くの河原を通りかかった。
今日はテスト期間で早い時間に帰れて少し嬉しい。
いつもは部活が終わる六時半ごろはもう真っ暗だから。
河原を通りかかると、川に鴨が泳いでいるのが見えた。
「わっ、可愛い、北から渡ってきたのかな?」
私は河原の側まで寄ると、カバンを脇に置いて、体育座りでジーッと鴨を見る。
優雅に泳ぐ鳥は、足の動きは凄く早いって聞いたことがある。
あんなに優雅に見えるのに不思議だなぁと感じていると。
不意に眠気が襲ってくる。
昨日もテスト勉強でそんなに寝てなかったなぁ・・・。
暗記ゲーが苦手すぎて、永遠繰り返してて・・・。
「・・がいっ、永井っ!」
ハッと目が覚める。
私はいつの間にか寝ていたらしい。
体育座りをしていたはずが、いつの間にやら仰向けで。
上から呼びかけた人の顔が逆光で見えない。
「だ・・・れ?」
「俺だけど」
声で分かる。一瞬で目が覚めた。
「あっ、キャプテン!お疲れ様です!!」
男子バレーボールのキャプテンが私を覗き込んでいた。
私は女子バレー部に所属しているから即座に認識した。
「お疲れ様。本当に疲れてたみたいだな。あんな所で無防備に寝てると危ないぞ」
爽やかな笑顔で私に言う。
あああああ、呑気に河原で寝てる所を見られたっ、しかもバレーのキャプテンに・・・。
「あの、鴨を見ててですね、そしたら勉強を一夜漬けしてたので、そこから意識が途絶えたんです・・・」
「なるほど。へー、確かに鴨いるね。明日のテストの対策は大丈夫なの?」
キャプテンと話していると思うと緊張する。
というか、何とか私の失態の口止めをしなければ。
「明日は、私の唯一得意な国語なので大丈夫です!ところでキャプテン、あの、内緒にしてくれますよね?」
私がカバンを拾い上げ、草をパッパッと払い、長身のキャプテンを見上げると、キャプテンは微かに首を傾げた。
「ん?なんのこと?」
「あの、私がここで寝てたことです。バレー部の女子キャプテンとかに言わないでください」
絞り出すように声を出して話した私の顔は真っ赤になっていたに違いない。
「ああ!そのこと。あははっ、気にしてたの?可愛いな」
そう言って私の頭に手を載せてくしゃっとするキャプテン。
忘れてた。この人けっこう軽いスキンシップする感じの人だ。
かっこいい顔と長身ということもあり、そのせいで凄い人気あるんだよなー。
泣かされた女の子も多数いると聞く。
「じゃあ、言わないでくれますか?」
私が、希望の眼差しで見上げると、キャプテンは、私を見て笑った。
「言わないよ。言ったって、僕に得ないでしょ?それより、本当にあんなとこで寝てたらだめだよ?」
言った後、真剣な顔で話してくるキャプテンに、私も思わず焦って言い訳する。
「大丈夫ですっ、今日は特別疲れてたからっ、それに無性に鴨に惹かれる日だったんです。そういう日はそうそうないですからっ」
焦りのあまりトンチンカンな回答。してしまう。
その回答を聞いて、先輩は口に手を当てて笑いをこらえている。
「確かに、そういう日はあまりないかもね、面白いね、永井って」
「先輩もあまりそこらの女の子に可愛いって言わないほうがいいと思います!」
馬鹿にされたように感じてつい言い返してしまう。
あっけにとられたような顔をした先輩は吹き出した。
「そうだね、一本取られたかな」
いつの間にやら一緒の方向へ歩き出す私達。
キャプテンもこっちが帰り道らしい。
「でも、別に誰にでも言ってるわけじゃないけどな」
「うそですよ、それは。先輩の被害者の会があるの、知ってるんですからね」
私が、ジトッとした目を、して見ると、先輩はまた笑う。
「被害者の会って、それは嘘でしょ。凄く誤解があると思うけど」
「うーん、確かに、私もウワサでしか聞いたことないです」
そう言えば、と思い返して考え直す私。
「そうそう、ウワサに惑わされちゃだめだよ、気づいて偉いね」
頭を撫でられる。
「だからっそれがだめなんですよ?」
私は思わず赤面してしまう。
「あ・・・」
自分の手を見つめてから私の方を向く先輩。
「そうだね、やってたわ無意識に。気をつけるよ」
「はい、そうしてください・・・」
なんの時間だろう、と思わせるような会話。
「それで、永井も被害者の会の一員だったりする?」
いきなりの、先輩からの質問。
「いや、そんな、恐れ多いっ、バレー部の頂点に君臨する人にそんなっ」
私の言葉に、またしても先輩は笑い出す。
笑い過ぎじゃないの?もう
憮然とした顔をする私に先輩が言葉を発する。
「やっぱり、口止めしてほしかったら、今度お茶に付き合ってほしいな」
「えっ?だってさっきいいって言ったのに・・・」
私が話の流れに当惑してると、先輩が笑顔で私をみた。
「気が変わった。もちろん付き合ってくれるよね?」
話が違う!と思ったけど、私に選択権はない。
「わかりましたよ」
ヤケクソのように言うと、先輩は嬉しそうに笑った。
イジワルだ、と私は思う。
まあ、お茶位ならいいかな。
私と先輩は、その後どこへ行くかという話をしながら案外楽しく分かれ道まで話して帰宅したのだった。
「私夢を見たんだ」
私は彼氏を振り返って顔を覗き込む。
「どんな夢?」
大学のキャンバスを一緒に歩いていた彼氏は、優しい顔で私に聞き返す。
「悲しい夢、君が死んじゃうの、怖かった」
みるみる盛り上がってくる涙を見て、彼氏は慌てた顔をする。
「それはこわかったね、でも、俺はここにいるから泣かないで」
「それは分かってるんだけど」
彼氏がハンカチを取り出して、私の目元を拭いてくれている。
「じゃあ、雅也はどうなの?私が死んだら悲しくない?」
「うーん、悲しいけど・・・夢って逆夢っていうから、もしかして、もっと仲良くなれるのかなってプラスに考えるかな」
「・・・面白くない」
私が憮然とした表情でそっぽを向くと彼氏は、軽いため息をついて、私の頭に手を乗せる。
「どうして?俺は生きてるよ。それに、雪菜に心配されて嬉しいよ、夢の中だけど、悲しませてごめんね」
彼氏の謎の謝罪。
同じ気持ちになってほしかっただけなのに。
私の棘のある言葉にもとことん優しい彼氏。
キッと睨むと、フワッとした笑顔で返される。
その笑顔、反則。完全に彼氏に負けてしまった。
「・・・私こそ何か変な八つ当たりしてごめんね」
私が下を見て小さな声で言うと、彼氏は、
「いいよ、ね、あったかい物でも食べに行かない?おごるから」
と私の手を握りしめて言った。
「・・・うん、そうだね」
なんだか、彼氏の優しさに、夢を見て悲しかった気持ちが、少しずつ薄れていく。
でも、こんな完璧で大好きな彼氏を失うって思ったら、気が気じゃない。雅也は私がこんなに彼のこと好きって気づいてるのかな?
私は彼氏の温かい手のひらの体温に安心しながらチラッと顔をうかがう。
私と視線が合った雅也の表情は幸せそうに見えて・・・。
この楽しい時間がいつまでもつづくといいな、と心から私に思わせたのだった。
「タイムマシーンに乗ってみたい?」
友達に言われた。
「やだ。だってこれからまた1から勉強でしょ?絶対やだよ」
私は目の前の机に置かれたテキストを見ながら苦い表情で答える。
「でも、やり残したこととか、あの時こーすればよかったとかないの?」
友達に聞かれる。
「一つだけ、あるよ。小さい頃、好きだった男の子が引っ越して行っちゃったことがあったんだ。私、あの時、好きっていいたかったな」
私の言葉に友達はくすっと笑う。
「可愛い思い出だね」
「そうだよ!どーせそれくらいしかないですよ。とにかく!勉強しに過去に戻るなんて真っ平だから!」
「あはは、真菜は勉強苦手だもんね、今日も補習頑張ってね」
「うう、やだよー」
と言う私を残し、友達は席を離れていく。
私は授業の始まるまでの束の間、ふと青空を見た。
引越しする時のあの子の顔を思い出す。
ぐちゃぐちゃに泣きはらした顔で、無言で手を振る事しかできなかった。
あの子は今どうしているのかな。
あの時好きだった気持ちは、濃かった気持ちは沢山薄められてほのかに心に色づいているけど
まだ忘れてないよ
タイムマシンで告白していたら、今の気持ちは更新されるのかな、それもまた不思議だな
そんなことを考えていた私は、いつの間にやら始まっていた授業であてられ、こっぴどく叱られたのだった。
海の上にはどんな世界が広がっているんだろう
ずっと海の底で暮らしてきた私。
海底人として暮らして来た私は、海上に上がることはご法度だと知らされてきた。
でも、ずっと夢想してた。
もし、私が海上に行ったら。
そしたらどんな景色が広がっているんだろう。
どんな人が私を迎えてくれるんだろう。
そんな気持ちを夢想し続けるともう止まらなくなってきた。
地上の人と会いたい、会ってみたい。
私は、一年に一度、年号が変わる日を祝い、門の警備が緩んだ時を狙って地上の世界に向かってトレジャー号と呼ばれる潜水系の船を使って進んでいく。
ちなみに、海の凄く深い所に築いている私達の文明は、バリアを張っていて、パッと見ただけでは外から都市があることがわからないようになっている。
マジックミラーの原理で、こちらからは地上の様子は分かるので、もし何かが近寄ると、海流を起こして、他の場所に移動させたりする。
地上の人はパパとママいわく、恐い人達、だそうだ。
でも、私は、見てみたいという欲求に抗えなかった。
地上までの長い長い旅に出る。
地下深くに灯る人工太陽の光もなく、しばらく暗黒の世界だったのが、だんだん外が明るくなっていく。
そして、私は、夢にまで見た地上に出た。
眩しい。
人工太陽の比にならないほど眩しい。
私が目を手で隠しながら、トレジャー号にバリアを張って見えなくすると、海の中から泳いで、砂浜へと移動する。
寒い時期だからか、人があまりいないみたいで、私は太陽の眩しさに慣れるためにしばらくそこでジッと座って目を押さえていた。
「大丈夫?」
不意に男の人の声がする。
目を開けると、眼の前に、心配そうな男の人が私の顔を覗き込んでいた。
「目、痛いの?・・・っ、君、凄く肌が白くて綺麗だね・・・金髪だし・・・もしかして、外国の人?」
私は困っていた。
私達は思念で会話をする。地上の電波をキャッチして、見ることの出来るニュースなどの映像から流れてくる声はこの男の人の言語だから理解はできるものの、話したことはないので、発音がよくわからない。
「ち、じょ・・・みたくて・・・きた」
「あ、やっぱり、外国の人なんだね!美少女さんだなぁ。迷ったの?」
男の人は友好的な笑みを浮かべた。
私は、とっさに海底都市の教えを思い出して警戒する。
もし、この人が悪い人だったら・・・。
「ほら、見てごらん、あっち」
不意に男の人が海の方を指す。
「夕日が沈む所。僕、この景色が好きで、この時間にいつも散歩に来るんだよ」
指差す方を見ると、太陽の光が薄れ見たこともない、優しい、オレンジ色の光が注がれていた。
「き・・・れい」
「そうでしょ?」
男の人は、嬉しそうに、夕日を眺めている。
「ここに来ると、辛いこととか、忘れられるんだ。君も何か辛いことがあったら、夕日を見るといいよ・・・あ、来日している間ね。あっでも、そっか、海外でも夕日は見られるよな・・・?」
頭をかいている男の人を見て、私は首を横にふる。
人工太陽には、夕日はないから・・・。
また見たいと思った。
この人とこの夕日を。
瞬間的に湧き上がる郷愁ともいえる感情。
ここが故郷じゃないのに、懐かしさが込み上げてくる。
「また・・・くう・・」
きっとまた来ると言いたかったけど、、発音がおぼつかない。
男の人は私をみてニコッと笑った。
「また、会えるといいね!じゃあね!」
次第に遠くなる姿。
私はもう一度夕日を目に焼き付けると、他の海底人に地上に行ったことがバレないように、急いでトレジャー号に乗り込んだのだった。
また・・・会いたいな。
私のこと、忘れないでいて欲しい・・・。
そんな抱いたことのない感情をお土産に私は地底世界に帰還する道を進んでいった。
会いたい
会いたいのに会えない
僕は遠くに住む彼女へ向けた封筒をポストに入れた。
空を見上げる。今日は曇り空。
何だか僕の彼女に会えない気持ちを表しているようだな、と思う。
彼女は同い年だけど、携帯を持っていない。
だから僕は彼女から来る手紙で彼女の様子を知るしかない。
彼女に会える夏休みまで長く感じる。
転校してきた学校にも慣れたし、友達も出来たけど、ここには彼女がいない。
彼女がいない学校生活は、本当に彩りを欠いていて。
僕は彼女に会いたくてたまらない。
ポストの前で佇んでると、不意に携帯の着信音が鳴る。
見ると、彼女の自宅からだ。
慌てて、応答ボタンを押す。
「もしもし?ルナ?」
「あー、カケル?さっきポストに手紙出したの。そしたら、カケルの声が聞きたくなって」
ルナの言葉に僕は驚いた。
「あれ?ルナへの返事まだなのに、手紙くれたの?嬉しいけど。僕も、今ちょうどポストに手紙入れた所だよ」
「そうなの?凄い偶然!私、この間バドミントンの試合行ったんだけど、その時に可愛いペアお守りみたいなのがあったから、カケルとお揃いで買ったんだ。どーしても送りたくて!」
ルナの嬉しそうな声を聞けて、僕も顔が緩んでしまう。
「そっか、バドミントンの試合、どうだった?ペアお守り嬉しいよ。ルナだと思って大事にするね」
「えっ、私だと思って・・・うん、嬉しい・・・私ももう片方をカケルだと思って大切にする!試合ね、準優勝までいったんだ!褒めて♪」
「おっ、凄いじゃん!頑張ったな、ルナ、偉いよ。ここにいたら頭を撫でてあげられるんだけど」
僕がルナの側にいられないことを残念に思っていると、ルナは少し声のトーンを落として言った。
「会いたいな・・・会いたいのに会えないね」
「そうだね、僕も毎日ルナに会いたいよ・・・」
僕の声のトーンも下がる。
二人でふうっと電話越しで同時にため息をつく。
それに気付いて、二人で思わず笑ってしまった。
「落ち込んでてもしょーがない。夏休みまで、あと一ヶ月だよね」
ルナが元気づけるように明るい声で話す。
「そうだな、その日を楽しみに毎日過ごすよ!」
僕も、できるだけ明るい声で応答した。
だけど、今日はいい日だ。
なんたって、大好きなルナの声が聞けたんだから。
「また・・・ね、大好きだよ、カケル」
「僕も、大好きだよ、電話ありがとう」
そう言って、切るのを惜しく思いながらも、別れの時は来てしまう。
会いたい人。
遠くにいる人。
今日も明日もルナのことを思いながら、僕は再会の日を毎日夢見ている。