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3/5/2026, 12:29:33 PM

〈たまには〉

「俺たちって、そんなに頼りない?」
そんなことを言わせたいわけじゃなかったはずなのに、
いつからか僕は、人を頼ることを忘れてしまった。

家族――。
普通の人には温かく聞こえる言葉かもしれない。
けれど、僕にとっての家族は、ただの赤の他人でしかなかった。
父は仕事をせず、酒に溺れ、挙句の果てには母に暴力を振るう人だった。
中学に上がる頃。
ついに限界を迎えた母は父と大喧嘩になり、
その最中、父と僕の目の前で亡くなった。
その後、ご近所さんが僕を保護し、警察が駆けつけた。
父は捕まり、僕は保護施設へ連れていかれた。

そこから里親が決まり、新しい家族ができた。
父と母、そして兄が二人。
血の繋がりはないのに、新しい家族は僕にとても優しくしてくれた。
最初は意味が分からなかった。
どうせこの人たちも――
そんな嫌な考えさえ浮かんだ。
僕は学校にも行かず、部屋に引きこもった。
反抗だってした。
それでもこの人たちは、僕を追い出すこともなく、ずっと優しくしてくれた。
少しずつ、僕も心を開いた。
学校にも通えるようになった。
そして、ようやく「普通の家族」になれたと思った。

――高校に上がった頃。
夜中、リビングから話し声が聞こえた。
盗み聞きをするつもりはなかった。
でも、そこで聞こえた会話が、僕の考えを変えてしまった。
「母さん、アキトのことだけど……」
「ええ……ごめんなさいね。私がこんなばっかりに、あなたたちには苦労をかけるけど……しばらくアキトをお願いしたいの」
「兄二人に任せるのは不安だが……今回ばかりは頼む」
父と母は、兄二人に僕を任せる話をしていた。
よくは聞こえなかったけれど、
僕のせいで両親は家を出ていくんだ――そう思ってしまった。
それからだ。
僕が、兄たちを避けるようになったのは。
迷惑をかけないようにしようと思った。
昔みたいに。
それから二週間。
僕は風邪を引いてしまった。
最悪だ。
学校に電話をしてもらうには、兄たちに言わなきゃいけない。
でも、それはダメだ。迷惑になる。
昨日、傘を忘れて帰ってきたのが悪かったのかもしれない。
頭は重いし、体もだるい。
外は大雨だった。
これくらいなら学校に行けるかな……。
そう思って痛み止めを飲む。

リビングで朝ご飯を食べていると、
一番上の兄、友也兄さんが心配そうに聞いてくる。
「アキト、大丈夫か? 顔色悪いぞ」
「だ、大丈夫だよ。平気……」
そう言うと、もう一人の兄、湊兄さんがじっと僕を見る。
「ほんとか?」
「ほんとだって! もう学校の時間だし!」

僕は急いで家を出た。
――僕が出たあと。
兄たちは顔を見合わせた。
「母さんたちが出て行ってから……アキト、なんか隠してるよな」

学校では友達や先生に心配されながらも、なんとか一日を乗り切った。
帰りの時間。
僕は下駄箱でうずくまっていた。
もう誰もいない。
前は母さんが弁当を作ってくれた。
雨の日は父さんが迎えに来てくれた。
兄さんたちとも、やっと普通に話せるようになったと思ったのに。
僕がいなければ。
二人は両親と離れずに済んだんじゃないか。
そんなことを考えてしまう。
涙が止まらなかった。

そのとき――
「アキトーー!!」
遠くから声が聞こえた。
顔を上げると、びしょ濡れの兄二人が走ってきていた。
「なんでいるの!? ここ学校だよ!?」
湊兄さんが息を切らしながら言う。
「さっき学校から電話きたんだよ。アキトが無理してるって」
僕は言葉が出なかった。
びしょ濡れになってまで、僕を迎えに来てくれた。
こんな僕なのに。
涙があふれて止まらなかった。
兄たちは慌てていた。
「大丈夫か?」
「いや、大丈夫じゃないよな……」
僕が「大丈夫」と言うと、
友也兄さんがふと聞いた。
「なぁ、アキト。俺たちってそんなに頼りない?」
「そ、そんなわけ……!」
慌てて否定する。
湊兄さんが優しく言う。
「なら、無理するな」
その言葉で、僕は全部話してしまった。
母さんたちの会話を聞いたこと。
僕のせいで出ていったと思ったこと。
兄たちは顔を見合わせた。
「……あちゃー」
そして言った。
「母さんたちは出ていったわけじゃないよ」
そのあと、病院へ行き、薬をもらい、家に帰った。
そこで兄たちは説明してくれた。
僕の実の父親が、またトラブルを起こしていること。
それから僕を守るために、両親が動いていること。
だから、しばらく家を空けているだけだと。

次の日。
体調はよくなったけれど、学校は休めと言われた。
テレビをぼんやり見ていると、湊兄さんが駆け込んできた。
「アキト! 見てみて!」
スマホの画面には、母さんと父さんが映っていた。
久しぶりのテレビ電話だった。
「ごめんな、アキト」
「事情を話さなくて……」
「心配させたな」

父さんが笑いながら言う。
「帰ったら、アキトのしたいこと全部付き合うぞ! 何がいい?」
僕は少し考えて、言った。
「それなら僕、……みんなで遊びに行きたい」
たまには、僕がみんなを振り回してもいいよね。
そう思いながら、僕はとびきりの笑顔を見せた

3/1/2026, 10:05:18 AM

〈遠くの街へ〉

「さよなら」
――いつもなら君が言わないその言葉に、僕は気づけなかった。
もし、あの時僕が一緒に行くと言っていれば、
君はまだ――
「ねぇねぇ! レオ、聞いてる〜?」
「聞いてる、聞いてる」
「それ、聞いてない人が言う返事!」
昼休みの屋上。
君は口をぷくっと膨らませながら、僕に抗議する。
その顔が可笑しくて、思わずふふっと笑ってしまうと、
「また笑った! 面白くない!」
と、さらに怒られる。
「で、なんの話だっけ?」
「やっぱり聞いてなかったぁ〜」
呆れたように肩をすくめたあと、君は少し真面目な顔になる。
「実はさ、私、卒業後ここに行こうと思ってて。それでレオも一緒にどうかなって……」
そう言って、スマホの画面を僕に見せてくる。
「へぇ……いいじゃん。でも、僕には無理かな」
「えぇ!? なんで?」
「お金ないしさ。両親いないから、早く働きに出たいんだ」
「そっかぁ……」
一瞬落ち込んだあと、君は急に顔を上げる。
「なら、私も全力で違うところ探して、一緒に働く!」
「すぐ働ける場所……働ける場所……」
ぶつぶつ言いながら画面を覗き込む君の横顔を見て、
こんな日々がずっと続けばいいのに、と僕は思った。

――それから数ヶ月。
卒業を少し前に控えたある日、君は遊びに行こうと僕を誘った。
「いいよ。楽しみにしてる」
そう言うと、君はどこかほっとしたように笑った。
当日、君の目は少し赤く腫れていた。
心配して尋ねたけれど、「大丈夫」と笑ってごまかされた。
ショッピングをして、ご飯を食べて、ゲーセンに行って。
帰りに少しだけカラオケにも寄った。
カラオケの帰り道、君が言う。
「なんか、デートみたいだったね!」
驚いて、飲んでいたジュースを吹き出しそうになる。
しばらく無言で歩いていると、突然、君が僕の手を引いて走り出した。
「お、おい……!」
息が上がる頃、ようやく立ち止まる。
「なんなんだよ、お前は……」
そう言うと、君はどこか泣きそうな顔で笑った。
「ありがとね、レオ」
「ステラ?」
近づこうとすると、君は一歩、距離を取る。
「それと、ごめんね。今日、私……違う街に引っ越すの」
……やっぱり。
前に見せてもらった大学の資料。
保護者欄に書いてあった名前は、君の両親だった。
「謝るなよ。仕方ないだろ」
「でも……!」
「元々、君はいい家の子なんだしさ」
その言葉で、また気まずい沈黙が落ちる。
僕たちは昔から、こうなると何も言えなくなる。
「……ごめんな」
そう呟いて、僕は君の前を通り過ぎた。
「バイバイ……さよなら、レオ」
振り返ったとき、君はもう背を向けて走り出していた。
――それ以来、連絡は取っていない。
今ごろ、何をしているだろう。
あの時、「一緒に行くよ」と言えていたら。
君はまだ、隣で笑ってくれていただろうか。
今度の出張先は、君のいる街だ。
これは、謝るチャンスなのかもしれない。
そう思ってしまうのは、きっと後悔のせいだろう。
許してもらえなくてもいい。
顔が見られるだけでいい。

僕は、君に会いに、遠くの街へ向かう。

2/28/2026, 10:15:44 AM

〈現実逃避〉

アラームが鳴って目が覚める。
バッとベッドから起き上がり、音を止めると、外から雨音が聞こえてきた。
どうやら今日は雨らしい。最悪だ……。

そう思いながら、リビングへ向かう。
少しだけでも何か食べないと、と冷蔵庫を開ける。
意外と色々入っているのは、姉と兄のおかげだろう。
ありがたく牛乳とヨーグルトを手に取り、
テーブルに置かれていた、兄妹のどちらかが作ったであろうパンケーキを頬張る。

食べ終えると、学校へ行く支度を始める。
行きたくないなぁ、なんて思いながらも、兄妹二人に迷惑はかけられない。
子どもの頃。
両親が亡くなってから、兄は大学を辞めてまで、私と姉を引き取ってくれた。
だから、こんな我儘は言えない。
言えるわけがない。

――それでも。
こんな雨の日は、本当に行きたくなくなる。
学校に行く理由なんて、将来職に就くためだし。
どうせなら通信に行けばよかったかな、なんて思ってしまう。

人間関係はもともと苦手だ。
先生にも相談できそうにないし、友達がいればと思うけど、人見知りすぎて、話しかけられるとテンパってしまう。
はぁ……とため息がこぼれる。
毎回、学校へ行く前はこんなことを考えている気がする。
家にいたいな。

どうせなら一日中ゲームしていたい。
ネットの中の私なら、平気でネッ友と会話できるのに。
ネットで大丈夫でも、現実はこれだからなぁ。
あぁ……やばいかも。本当に学校へ行きたくなくなってきた。

もう家を出ないと、ほんとにやばい。
慌てて傘を持ち、行ってきます…と一言、家のドアを開ける。


こうやって、また一日が始まる。
きっと明日も、同じように行きたくないと思うんだろう。
どうせなら、ずっと家でゲームをしていたい――なんて。
私は、今日も現実逃避をしてしまう。

現実はゲームみたいにうまくいかない。
それでも、今日という一日を、少しでも頑張って生きていけるのかもしれない。
……なんて、らしくないことを思ってしまった。

2/26/2026, 1:42:17 PM

〈君は今〉

「大人になったら、私、パパと結婚する」
――そんなことを昔言ってくれた娘から、結婚式の招待状が届いた。
どこか寂しさと嬉しさが混ざったような気持ちになる。
「あなたったら、相変わらずね」
と、お母さんに笑われてしまった。

そりゃあ、大切に大切に育てた娘が立派になった瞬間は本当に誇らしい。
けれど、まだここにいてほしいと思ってしまう気持ちも、やっぱり大きい。

改めて、結婚式のスピーチで何を話そうかと紙に書き出そうとする。
ペンを走らせるたびに、君と過ごした日々を振り返っているようで、思わず微笑んでしまう。

反抗期の頃は、お母さんに泣きつくほど傷ついたこともあったな。
それでも高校の卒業式で、
「こんな俺と優しいお母さんに反抗しちゃってごめん」
と泣いた君の姿を、今も覚えている。
就職して一人暮らしをすると言い出したときは、正直すごく心配だった。
でも、うまくやっているみたいで安心した。
職場に「いい人がいる」と聞いたときは、さすがにお父さん、驚いたけどな。

そういえば、子どもの頃。
お母さんと「好きな人がいるの?」なんて話をしていたときでさえ、俺は少し驚いていた。
あのとき君は「大人になったら私、お父さんと結婚する!」なんて言っていたな。
でも、お父さんにはお母さんがいるからごめんな。
きっと結愛も、いい人を見つけるさ――
なんて言ったら、君に泣かれて、お母さんには怒られたっけ。
きっとあれは、お母さんの照れ隠しだったんだろう。

これから結愛は、きっといろいろなことにつまずくだろう。

嬉しいことも、悲しいことも、たくさん増えていくはずだ。

でも、その先には、きっとたくさんの幸せが待ってる。

改めて、結婚おめでとう。

書き終えた紙が、いつの間にか濡れていることに気づく。
「あぁ……だめだな。結婚式でうまく話せるかな」
そう口にすると、コーヒーを淹れてくれたお母さんが、そっとハンカチを差し出した。
「きっと、大丈夫ですよ」
その言葉に、俺は「そうだな」と返し、コーヒーを一口飲む。

君は――結愛は、今ごろ何をしているのだろう。
そんなことを、ふと心の中で思った。

2/25/2026, 10:30:17 AM

〈物憂いげな空〉


学校の帰り道、僕は教室に忘れ物をしてしまい、取りに戻った。
扉を開けると、そこにはいつも無口でクールなことで有名な雨ヶ谷さんがいた。
気づかれそうになって、なぜか僕は廊下の扉の陰に隠れてしまう。

もう下校時間なのに、どうしてまだ教室にいるんだろう。

そう思いながらそっと覗くと、彼女は窓の外を見つめていた。窓の向こうには、どこか重たげな灰色の空。

雨粒が一つ、また一つとガラスを伝っていく。

雨ヶ谷さんは、物憂げな表情でその空を眺めていた。
何かあったのだろうかと、思わず心配になる。
はっとして、自分の目的を思い出す。

そうだ、折りたたみ傘を取りに来たんだった。

廊下の時計を見て、僕は慌てて教室へ入る。
物音に気づいたのか、雨ヶ谷さんが振り向いた。
「まだ誰かいたんだ。どうしたの?」
少し驚いた顔で、そう聞かれる。
「傘を忘れて……取りに来ただけ」
そう答えると、彼女は小さく笑った。
「そっか。私ひとりだったから、ちょっと気まずかったよね。ごめんね」
ロッカーから傘を取り出しながら、僕は迷う。
聞いてもいいのだろうか、と。

それでも気になってしまい、思いきって口を開いた。
「雨ヶ谷さんは、帰らないの?」
「あぁ……うん。帰りたいんだけど、傘忘れちゃってさ」
そう言って、彼女は少しだけ目を逸らした。

少し迷ってから、僕は自分の傘を差し出す。
「それなら、この傘あげるよ。返さなくていいから」
「え、いいの?……ありがとう。君、優しいね」
そう言って微笑む彼女の横顔は、やっぱりどこか物憂げだった。

下駄箱で別れ、彼女は雨の中へ歩き出す。
灰色の空の下、その背中は小さく見えた。
僕はそのまま、雨に濡れながら走って帰る。

あのときの僕は、
きっともう二度と、彼女と関わることはないのだろうと、
そう思っていた__。

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