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〈遠くの街へ〉

「さよなら」
――いつもなら君が言わないその言葉に、僕は気づけなかった。
もし、あの時僕が一緒に行くと言っていれば、
君はまだ――
「ねぇねぇ! レオ、聞いてる〜?」
「聞いてる、聞いてる」
「それ、聞いてない人が言う返事!」
昼休みの屋上。
君は口をぷくっと膨らませながら、僕に抗議する。
その顔が可笑しくて、思わずふふっと笑ってしまうと、
「また笑った! 面白くない!」
と、さらに怒られる。
「で、なんの話だっけ?」
「やっぱり聞いてなかったぁ〜」
呆れたように肩をすくめたあと、君は少し真面目な顔になる。
「実はさ、私、卒業後ここに行こうと思ってて。それでレオも一緒にどうかなって……」
そう言って、スマホの画面を僕に見せてくる。
「へぇ……いいじゃん。でも、僕には無理かな」
「えぇ!? なんで?」
「お金ないしさ。両親いないから、早く働きに出たいんだ」
「そっかぁ……」
一瞬落ち込んだあと、君は急に顔を上げる。
「なら、私も全力で違うところ探して、一緒に働く!」
「すぐ働ける場所……働ける場所……」
ぶつぶつ言いながら画面を覗き込む君の横顔を見て、
こんな日々がずっと続けばいいのに、と僕は思った。

――それから数ヶ月。
卒業を少し前に控えたある日、君は遊びに行こうと僕を誘った。
「いいよ。楽しみにしてる」
そう言うと、君はどこかほっとしたように笑った。
当日、君の目は少し赤く腫れていた。
心配して尋ねたけれど、「大丈夫」と笑ってごまかされた。
ショッピングをして、ご飯を食べて、ゲーセンに行って。
帰りに少しだけカラオケにも寄った。
カラオケの帰り道、君が言う。
「なんか、デートみたいだったね!」
驚いて、飲んでいたジュースを吹き出しそうになる。
しばらく無言で歩いていると、突然、君が僕の手を引いて走り出した。
「お、おい……!」
息が上がる頃、ようやく立ち止まる。
「なんなんだよ、お前は……」
そう言うと、君はどこか泣きそうな顔で笑った。
「ありがとね、レオ」
「ステラ?」
近づこうとすると、君は一歩、距離を取る。
「それと、ごめんね。今日、私……違う街に引っ越すの」
……やっぱり。
前に見せてもらった大学の資料。
保護者欄に書いてあった名前は、君の両親だった。
「謝るなよ。仕方ないだろ」
「でも……!」
「元々、君はいい家の子なんだしさ」
その言葉で、また気まずい沈黙が落ちる。
僕たちは昔から、こうなると何も言えなくなる。
「……ごめんな」
そう呟いて、僕は君の前を通り過ぎた。
「バイバイ……さよなら、レオ」
振り返ったとき、君はもう背を向けて走り出していた。
――それ以来、連絡は取っていない。
今ごろ、何をしているだろう。
あの時、「一緒に行くよ」と言えていたら。
君はまだ、隣で笑ってくれていただろうか。
今度の出張先は、君のいる街だ。
これは、謝るチャンスなのかもしれない。
そう思ってしまうのは、きっと後悔のせいだろう。
許してもらえなくてもいい。
顔が見られるだけでいい。

僕は、君に会いに、遠くの街へ向かう。

3/1/2026, 10:05:18 AM