「あれ、久しぶり!まだ休み中なのになんでいる
の?」
「おー!久しぶり!いや、やっと内定決まったから教
授に報告しに来たんだよ。」
「おー、おめでとう!」
「ありがとう!」
「ん?なんか今日良い匂いするね。香水?何使ってる
の?」
「え?今日は何もつけてないよ。」
「うそ、なんか仄かに香ってない?あのー、丁度この
時期になると外でたまに香ってくるやつ…あれ、なん
だっけ?」
「あぁ、これのこと?」
「なに?その袋。」
「金木犀入りの香り袋だよ。おばあちゃんにこの間も
らったんだ。これじゃない?」
「あ!それだ!匂いの正体は金木犀だったか〜。」
「おばあちゃん家に木が植えてあってさ。毎年秋にな
ったらくれるんだよ。この匂い落ち着くんだよね。」
「たしかに、落ち着くかも!」
「でしょ!あ、そういえば、あんたの方はどうな
の?」
「うん?」
「就活。」
「あー。いやー、まだ決まってなくてさ…。今日も面
接練習で。」
「あぁ、それでスーツで来てたんだ。」
「うん。」
「…面接、難しいよね。」
「うん。」
「自己分析とかやればやるほどわかんなくなっちゃう
よねー…」
「はは…ね。」
「・・・」
「…これ、要る?」
「え、おばあちゃんからもらったんでしょ。そんな、
悪いよ。」
「まだ咲いてるから大丈夫だよ。」
「えぇ。」
「緊張した時に使ってみて。すごく落ち着くから。は
い。」
「…ありがとう。」
「…本当に効果抜群だったらそれ、どっかで売ろうか
なぁ。」
「やめてよ、今結構ジーンときてたのにそんなこと言
うの。」
「あはは、冗談冗談。売るつもりなんてないから、そ
れは特別だよ。」
焦る心とは裏腹に訪れる秋。
でも、特別なお守りをもらったから大丈夫。大丈夫。
「ついに卒業か〜。」
「なんか3年間って意外と早く感じたわ。」
「確かに、特に3年になってからはあっという間だっ
た。」
「それな、なんでなんだろうね。」
「うーん、なんかやらなきゃいけないことがいっぱい
あるからじゃない?」
「何かに没頭してる時間が長いからってこと?」
「そんなとこじゃない、実際はわかんないけど。」
「私、別に何にも没頭できてないけどな〜。」
「そう?勉強頑張ってたじゃん。」
「まあ勉強はね。」
「それで国立受かってるんだからスゴいよ。」
「親の言いなりでそれしか選択肢がなかったからよ。
あんたは上京して一人暮らしするんでしょ、スゴいじ
ゃん。」
「そんなことないって。…これからは別々だね。」
「そうだね。寂しい?」
「うん、まぁ…。」
「・・・」
「あの「あのさ。」
「…先、どうぞ。」
「え、いや、そっちからどうぞ。」
「いや、私は後でいいから。」
「じゃあ、私から言うけど…こんなこと今更改まって
言うことじゃないかもしれないんだけどさ、これから
も、親友でいてくれる?」
「…本当に、今更何言ってんのよ。当たり前じゃ
ん。」
「…ありがとう。」
「…なんで泣いてんのよ。」
「あはは、なんでだろうね。」
「別に一生会えなくなるわけでもないんだから…も
う、あんたが泣くからうつったじゃん!」
「ごめんごめん。…で、あんたは何を言おうとしてた
の?」
「…別に、何でもないよ。」
涙の理由を彼女のせいにした。
これからも親友でいたいなんて私は望んでない。
本当の想いを伝えることができなくて、涙が堪えきれ
なかった。
「私がミュージカルで主演…?(頬をつねってみて)
夢じゃない。これは、現実…!」
「カット!」
「…どうですか?」
「うん。いや〜さっきよりはいいんやけど、その、な
んか、もっと新鮮な嬉しさが欲しいんよね。」
「そんな、素人にそこまで要求されても…」
「うーん。変にやろうと思わんくて大丈夫やから…そ
うや!素人やからこそ出せる味があるやん!それを出
してこ!」
「はぁ…」
* * *
1時間前に遡る。授業が終わってキャンパス内を歩いて
いたら、突然同い年と思しき男の子に声をかけられた。
「あの〜すみません。」
「はい?」
「そのTシャツ、良いですね!オードリーヘプバーン
の?」
「えぇ、どうも…。すみません、急いでるんで…」
「あぁちょっと待ってください!あの〜もしかしたら
映画好きなんかなと思って声かけたんですけど、映画
ってどれくらい観ますか?」
「映画は…まあまあ観ますけど。」
変なナンパか勧誘かと逃げようと思ったが、映画というワードにはつい反応してしまった。
「なら良かった!えっと、初対面でいきなりこんなん
頼むのもあれなんですけど、僕、映画研究部に所属し
てて、今から映画撮ろうと思ってるんです。」
「映画を撮る?」
「はい!でも主演予定だった子が突然部活辞めてしま
って…」
「それは大変ですね。」
「そうなんです!大変なんです!そこで、貴方にお願
いしようと思いまして…」
「えっ?なんで私に?」
「えっいや〜だって、映画好きそうやし、一目見てビ
ビッときたんですわ!」
最後の言い方は大分胡散臭かったが、映画の撮影には
興味があったため、なんとなくオッケーしてしまった。
でも、こんな簡単に返事をするんじゃなかったと少し後悔した。映画の撮影は想像の何倍も過酷だった。でもその中に楽しさもあった。
当然撮影は1日では終わらず、撮了に何日もかかってし
まった。
撮影が終わってから1週間後、彼は私にまた声をかけて
きた。
「おーお疲れ!」
「お疲れ様です。」
「この間はほんまにありがとう。おかげで映画出
来上がりました!…見る?」
「えっ、あ、はい。」
「リアクション薄いな!」
「いや、なんか自分が主演の映画が出来たなんて、実
感が湧かなくて…」
「見たら実感湧くって!今から見よ!」
彼のパソコンで出来上がった映画を観た。
いつも映画館で観る作品には到底及ばないのだろうけれど、映像作品に自分がいることが嬉しかった。
一瞬夢かと思い頬をつねってみたが、痛いだけだっ
た。
「頬なんかつねって面白いな〜!まさか夢やと思って
る?!夢ちゃうよ!」
「私、映画は観るだけで十分って思ってましたけど、
いつかは出てみたいって夢見てたことに気づきまし
た…。あの時、誘ってくれてありがとうございまし
た。」
「いやいや、こちらこそ出てくれてありがとう!…も
し良かったら映画研究部に入らへん?俺、自分の作品
をもっと色んな人に見てもらいたいねん。でも1人だけ
の力じゃ難しい。今度は編集とかも意見聞かせてもら
いたいねんけど、どう…ですかね?」
「やりたいです!」
最初は簡単に返事をしたことを少し後悔したけれど、
今では良かったと思っている。
「えー?!明日地球滅亡するんだって!」
「何、そんな話題今更知ったの?」
「え?知ってたの?なんで早く教えてくれなかったの
よ!今日何にもやりたいことできてないよ。これが最
後の1日だなんて…」
彼女は地球が滅亡するなんていう噂を信じてしまっているらしい。流石に天然といえどそんなことまで信じることあるか?と思ったが、面白いので話に乗ってあげることにした。
「まぁいいんじゃない。何にもしない1日が最後っての
もさ。」
「いやだよ〜、私死ぬまでにやりたいこといっぱいあ
るのに、もう達成できないじゃん!」
「まだ明日があるから明日やればいいよ。」
「1日じゃ足りないよ…。過去に戻れたら、1日1日を全
力で楽しんで過ごせるように生きるのにな。」
「それじゃ生きててしんどいだろ。疲れきってしんじ
ゃうよ。」
「後悔を残してしぬよりマシだよ!あ〜時間巻き戻ら
ないかなぁ。」
「後悔ね…。」
「…でも今日は久しぶりに2人で居られたし、それだけ
でも十分かな。これから2人でやりたいこともいっぱい
あるけど、一緒の時間を過ごせるだけでもすごく幸せ
なの。」
「・・・」
「明日、最期の時まで一緒にいてね。」
彼女の表情を見ると、本気のようでなんと返せば良いかわからず言葉が詰まった。本当に最期の時なら返す言葉はごまんとあるが、それを言うべきは今ではない。
「…そんな心配しなくても大丈夫だよ、地球滅亡なん
てしないから。」
「えっそうなの?」
「根拠のない噂だから、嘘みたいなもんだよ。」
「なーんだ、良かった…。てか嘘ってわかってるなら
早めに言ってよ!もー…」
「ごめんごめん。でも一緒に過ごす時間が幸せだって
言ってくれて嬉しかった。明日が最後の日じゃなくて
も、ずっと一緒にいるよ。」
「それは、本当?」
「本当だよ。」
地球が滅亡しないなんてことない日に、返せる言葉はこれが精一杯だった。
「伝える、伝えない、伝える、伝えない、伝え
る…」
明日は彼とのお別れの日なのに、まだ決心がつかない私は花占いなんかに頼ったりしている。
「伝えない、伝える、伝えない、伝える。…はぁ」
自分の気持ちに気づいてから一年。それ以前から彼とはまあまあ仲の良い同級生というような距離感だったけれど、意識し始めたらもう大変。朝、おはようって挨拶するだけなのにドキドキするし、5秒以上は目を合わせて話せない、それなのに遠くにいる彼のことは目で追ってしまう。
こんなにわかりやすかったら、私の気持ちがバレるのも時間の問題だ…とヒヤヒヤしながらも、心のどこかではいっそバレて欲しいと思っている節もある。
だって「好きです」だなんて、自分の口から言えない。だから伝えずに、どうにか私の気持ちを彼に察して欲しい。もし答えがイエスならば、彼から告白して欲しい…。
彼がエスパーだったらいいのに、彼がエスパーだったら、この気持ちを自分の口からは伝えずに届けることができるのに…。
そんな妄想をしていたら、携帯が鳴って現実に戻された。
「はい!もしもし!」
「もしもし?なんか妙に元気だな。」
こんなタイミングで彼から電話だなんて、まさか、私の気持ちが届いた…?
「ボーッとしてたら電話が鳴ってびっくりしちゃっ
て。」
「それはごめん、いきなり。今大丈夫?」
「大丈夫だよ!なに?」
「あーあのさ。ま、わざわざ電話で言うことじゃない
んだけどさ…。」
「うん?」
「…いや、ごめん。やっぱり明日、明日言うわ!」
「えっ?」
「ホントごめん。いきなり電話しといて。また、明
日!よろしくな!」
「えっ、ちょっと、え?」
切れてしまった。彼は何を言おうとしていたのか?
もしかして…?もしかしてもしかして…!
私の気持ちは舞い上がった。でも、期待して違う事だったら心底落ち込むだろうから、あんまり期待しないでおこうとは思ったけれど、無意識に上がる口角は抑えきれない。
風が吹いて、地面に散っていた花びらが舞った。まるで明日起こりうる出来事を祝福してくれているようだ。