「私がミュージカルで主演…?(頬をつねってみて)
夢じゃない。これは、現実…!」
「カット!」
「…どうですか?」
「うん。いや〜さっきよりはいいんやけど、その、な
んか、もっと新鮮な嬉しさが欲しいんよね。」
「そんな、素人にそこまで要求されても…」
「うーん。変にやろうと思わんくて大丈夫やから…そ
うや!素人やからこそ出せる味があるやん!それを出
してこ!」
「はぁ…」
* * *
1時間前に遡る。授業が終わってキャンパス内を歩いて
いたら、突然同い年と思しき男の子に声をかけられた。
「あの〜すみません。」
「はい?」
「そのTシャツ、良いですね!オードリーヘプバーン
の?」
「えぇ、どうも…。すみません、急いでるんで…」
「あぁちょっと待ってください!あの〜もしかしたら
映画好きなんかなと思って声かけたんですけど、映画
ってどれくらい観ますか?」
「映画は…まあまあ観ますけど。」
変なナンパか勧誘かと逃げようと思ったが、映画というワードにはつい反応してしまった。
「なら良かった!えっと、初対面でいきなりこんなん
頼むのもあれなんですけど、僕、映画研究部に所属し
てて、今から映画撮ろうと思ってるんです。」
「映画を撮る?」
「はい!でも主演予定だった子が突然部活辞めてしま
って…」
「それは大変ですね。」
「そうなんです!大変なんです!そこで、貴方にお願
いしようと思いまして…」
「えっ?なんで私に?」
「えっいや〜だって、映画好きそうやし、一目見てビ
ビッときたんですわ!」
最後の言い方は大分胡散臭かったが、映画の撮影には
興味があったため、なんとなくオッケーしてしまった。
でも、こんな簡単に返事をするんじゃなかったと少し後悔した。映画の撮影は想像の何倍も過酷だった。でもその中に楽しさもあった。
当然撮影は1日では終わらず、撮了に何日もかかってし
まった。
撮影が終わってから1週間後、彼は私にまた声をかけて
きた。
「おーお疲れ!」
「お疲れ様です。」
「この間はほんまにありがとう。おかげで映画出
来上がりました!…見る?」
「えっ、あ、はい。」
「リアクション薄いな!」
「いや、なんか自分が主演の映画が出来たなんて、実
感が湧かなくて…」
「見たら実感湧くって!今から見よ!」
彼のパソコンで出来上がった映画を観た。
いつも映画館で観る作品には到底及ばないのだろうけれど、映像作品に自分がいることが嬉しかった。
一瞬夢かと思い頬をつねってみたが、痛いだけだっ
た。
「頬なんかつねって面白いな〜!まさか夢やと思って
る?!夢ちゃうよ!」
「私、映画は観るだけで十分って思ってましたけど、
いつかは出てみたいって夢見てたことに気づきまし
た…。あの時、誘ってくれてありがとうございまし
た。」
「いやいや、こちらこそ出てくれてありがとう!…も
し良かったら映画研究部に入らへん?俺、自分の作品
をもっと色んな人に見てもらいたいねん。でも1人だけ
の力じゃ難しい。今度は編集とかも意見聞かせてもら
いたいねんけど、どう…ですかね?」
「やりたいです!」
最初は簡単に返事をしたことを少し後悔したけれど、
今では良かったと思っている。
8/8/2025, 1:44:24 PM