いつの世も、大抵の男は色好みだ。
わたしの知る男性たちは、皆一様に色に耽り、色に溺れる。
わたしの祖父も、わたしの父も、それは同様であった。
そして、寝首を掻かれた。
なんと、愚かだろう。
やはり、何事も飲んでも呑まれては成らないようだった。
わたしの夫も又、色好みだった。
しかし、寝首は掻かれなかった。
わたしは、それが不思議だった。
だから、わたしは夫に問うた。
「何故、貴方は色好みなのに寝首を掻かれないのでしょう?」
すると、貴方は笑いながらも応えてくれた。
「そんなの容易いことだ。私は賢い、そして冷静だからだ。」
「と、仰せになられますと?」
わたしは再び、問うた。
「良いか、大抵の男、否、寝首を掻かれるような利己的な愚者は、
大抵他者を振り回したいものだ。
他者が自分の言葉に、行いに、一喜一憂している様を見て、
自分は本当に愛されているか、自分は本当に必要とされているか、
毎秒毎時間、確認したいのさ。
自分を第一としてくれる、どんな要求にも応えてくれる、
都合の良い人間にこよなく愛されている、
そんな自分にいつまでも限りなく酔っていたのだろう。
だから、寝首を掻かれる。
だから、敵を作る。」
貴方は、わたしの目をまっすぐと見て、応えてくれた。
「そう云うことだったのですね。」
わたしは、貴方に尊敬の眼差しを向けた。
「あと、色好みの人間と寝首を掻かれる人間は別ものだ。」
そして、貴方は酒を煽った。
再度、貴方はわたしをまっすぐ見た。
「あんまり、私をそう云う目で見ない方が良い。
私は、自分の美しく聡い妻だけを愛することが出来ない人間だ。
もし、御前を一途に愛してしまったのなら、
もし、御前が先に逝ってしまったのなら、
その先が恐ろしく、御前一人だけを愛することも出来無いのだから。」
済まなそうに、遠くを見て、貴方はそう言った。
今迄の自信は、何処へいったのだろう。
そんな貴方の可愛らしい姿は、初めてだった。
「ふふ、大丈夫ですよ。
どんな貴方だろうと、わたしは愛しています。
それに、貴方からのわたしへの愛は日々しっかりと感じられますよ。」
わたしは、微笑む。
貴方は、安堵したように笑っていた。
「ありがとう。」
貴方は、わたしから視線を逸らし、小さく言った。
「こちらこそ、いつもありがとうございます。」
わたしは、あなたをまっすぐ見た。
貴方の大きく温かい手をわたしは握ると、
わたしの手を貴方は優しく握り返してくれた。
そろそろ春が訪れる、そのような麗らかな陽気の日だった。
J'allume une cigarette pour la première fois depuis longtemps.
C'est vraiment mauvais, c'était bon avant.
J'ai involontairement déformé mon visage.
Lorsqu'elle a vu cela, elle a ri.
Alors ne fumez pas.
Elle a ri et a dit.
J'ai décidé d'arrêter de fumer.
いつからだろう。
あなたが憎くなったのは。
あなたを殺したくなったのは。
わたしは、あなたを愛していた。
わたしは、あなたを好んでいたはずなのに。
今、あなたを見ると癪に障る。
今、あなたの気遣いが鬱陶しく感じる。
あなたを見ると、何度も刃物で刺したくなる。
わたしは、あなた何度も何度も何度も包丁で刺す。
快感と安堵を感じながらも手が震え、血塗れとなった部屋を見渡す。
いつも、わたしの夢はここで終わる。
こんな夢を見るということは、
わたしがあなたに関心があるのだろう。
あなたに関心があるということは、あなたを歪んで愛しているのだろう。
きっと、そうだ。
愛して無ければ、関心が無ければ、
あなたを見ても何も思わないだろうから。
だから、わたしはあなたの元を去る。
あなたという唯一無二の優しき人の命を奪わぬために。
さようなら、わたしが愛した人よ。
どうか、わたしを忘れ、健やかに幸せになってね。
My wife is so beautiful.
She was more beautiful than any person I had ever met.
Long lustrous black hair, obsidian eyes,
She had skin as white as the moon.
カタカタカタカタ…ジャ、カタカタカタ…カタ。
タイプライターで一文字ずつ、間違えないように紙に打込む。
私は大人に成ってから、この仕事をずっとしている。
毎日、様々な資料を一通り、報告書として纏めてきた。
それが私の仕事。
この仕事を任せられるようになって、もう何年だろうか。
リリリン。
ベルの音、主人の呼び出しだ。
廊下に出るドアとは反対側にある、
上の階に繋がる階段のドアを開けて、螺旋風階段を登る。
私の部屋の真上の階の部屋に、私の主人の部屋がある。
「ヨランダ、この資料を報告書に纏めて欲しいのだけど、
今、大丈夫かしら。」
美しく微笑む淑女、この方が秘書として長年仕えてきた自慢の主人です。
「ソフィ様、お気遣いありがとうございます。
今日は大丈夫ですので、対応させて頂きます。」
「では、お願いします。
急ぎではありませんから、少し休憩を挟んでからで大丈夫ですよ。」
ソフィ様は、お優しく、何でもお見通しのようです。
実は、昼休憩を取れていませんでした。
「ありがとうございます。そうさせて頂きます。」
ソフィ様に一礼して、螺旋風階段を降りる。
ソフィ様から頂いた紅茶を淹れ、遅めランチを頂きます。
少しの至福の時間です。
さあ、仕事に戻りましょう。
私は、タイプライターに指を置く。
隣の資料を見ながら、報告書に纏める。
少々気が遠くなる、地味で変化に乏しい仕事、
しかし、見えない誰かの為の誇らしく素晴らしい仕事。
今日も私は、この仕事を丁寧に正確に最善を尽くす。
見えない誰かの為に。