kiliu yoa

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11/22/2024, 11:20:14 PM

母は、言う。

「何事に対しても、敬意を払える人で在りなさい。」と、

「例え、理解が及ばなくとも、何事にも価値は在るのです。」と。

子どもの頃は、全く理解出来ず苦しんだ。

今なら解るよ。

結婚して気が付いたよ。

妻から言われた言葉で。

「あなたは、私をいつも大切にしてくれる。

 お義母さんに会ったとき、そう言ったのね。

 そしたら、『良かった。』って、涙ぐんでたの。

 その時、あなたが私を尊重してくれる理由がよく分かったの!

 お義母さんは、必ず私に聞いてくれるの。

 『無理しないでね、嫌だったら、すぐ言ってね。』って。

 あなたは、お義母さんに尊重されてきたから、私を尊重してくれるのね。

 改めて、あなたと結婚して良かったわ。

 こんなに素敵なお義母さんが出来て、私は本当に幸せものね。」

嬉々として、妻は話してくれた。

今思い返せば、いつも尊重されて育った。

行きたい学校があると言えば、大事な仕事であっても休み、

僕の学校見学に同伴してくれた。

やりたいものがあるといえば、何でも習わせてくれた。

当たり前、そう思っていたことは、全て母の努力によるものだったのだ。

もしかすると、こうして愛は形を変えながら受け継がれるのかもしれない。

「お母さん、いつもありがとう。」

僕は、久しぶりに母に電話を通して、感謝を言葉にした。








 






11/16/2024, 6:25:29 AM

あたしの飼い主は、とても高貴な人だ。

華やかな異国情緒漂う、美しい顔立ち。

艶やかな長い黒髪に、大きな栗色の眼をしていた。

蜜のように甘い声で、あたしを呼ぶの。

「マロン、あなたは本当に可愛いわね。」

いつも、飼い主はあたしにそう言うの。

だから、いつも、あたしは言うの。

「ニャ。(ありがと)」って。

そう言うと、いつも、とても喜んでくれるの。







11/13/2024, 2:37:11 PM

「名前は?」

「朝久だよ、よろしく。」

「奏斗、よろしく。」

彼らの年なら、まだ走り回ることが好きなはず。

しかし、彼らはその姿を見るだけ。

決して親に言われているのでは無く、唯々走り回ることが性に合わない。

それだけ、しかし、大きい共通点を持つ二人の少年は意気投合した。


「朝久、」

「申し訳ありません。朝顔の君、どうか、息子のご無礼をお許し下さい。」

話かける前に、父さんは僕の頭を押さえて、父さんも頭を下げた。

「誰しも、人間なら一度は間違うものです。どうか、お気になさらず。

 今後、お気を付け下さい。」

先ほどとは全く異なる、大人びた洗練された言葉で彼は応えてた。

「ご寛大な心遣い、感謝申し上げます。それでは、失礼します。」

父さんは、急いでこの場を後にした。


「良いか、あの方は皇族では無いが、皇族の血を引いている御方だ。

 我らの家格では尊称は呼ぶことは許されても、名は呼んではならない。」

「すみませんでした、以後気を付けます。」

僕は、素直で良い子を装う。その方が、説教はすぐ終わるからだ。

公の面前とは、色々面倒くさいものだ。

私の家は、所詮格のない羊皮紙の貴人だと言うのに。


朝久と目が合った。

朝久は、急いで僕に駆け寄ってきた。

「さっきのことは、気にしなくていい。普通に朝久って呼んでいいから。」

「僕も、気にせず呼ぼうと思ってた。」

両者ともに見せないが、安堵していた。

互いの聡さと、立ち回ることの出来る賢さに。


子どもの頃を思い出すと、身分とは如何に容易く乗り越えられる、

曖昧なものかと、思い知らされる。


「朝久、久しぶり。」

「久しぶり、奏斗。」


「朝久、またな。」

「またな、奏斗。」


何度、この会話を繰り返した事だろう。

「奏斗、また会おう。これからも。」

私は、勇気を出して始めに言ってみる。

「もちろん。また会おう、朝久。」

奏斗は、嬉しそうに微笑んだ。












11/12/2024, 4:40:45 AM

かつて、私は落ちこぼれだった。

生まれながらに身体は弱く、

武の才覚は全くと言って良い程に無かった。

此の家の嫡流にして長子でありながら、嫡子の候補では無かった。

日々、弟たちや妹たちは修練を積むことが出来る身体が羨ましく、

日々、武術が上達するさまを見ては、兄として、長子として、

その役目を目に見えて担えていない事に、自分の存在意義を問うていた。

そんな時期もあった。


しかし、先の事とは分らぬもので、皆の推薦で私は此の家の当主と成った。

あまり前例の無い、非常に稀有なことであった。

先代と弟たち妹たちが盤上一致で、私を当主へ推薦してくれた事に、

私は涙が溢れた。

これまで、私に出来ることを少しずつ努めてきた。


『出来ぬからと、為せぬからと、負い目を覚えることは無い。

 今、出来ることを少しずつ努めれば良い。』

両親から贈られた、私の礎となった大切な言葉。

だから、私は落ちこぼれであったが、落ちぶれることは居なかった。

今日まで支えてくれた、両親・弟たち・妹たち、

その姿をずっと見守ってくれていた、親しき人々には感謝しかない。

本当にありがとう。

これからは此の家の当主として、私に出来る役目を果たして行きます。



11/8/2024, 1:32:11 PM

『意味がない』とは、何と定義すれば良いのだろうか。

私は、未だに『意味がない』という意味を理解出来ない。

何故、そのような境地に至るのかも解らない。

私は、何事にも『意味がない』などということは全く無いように思う。

『意味がない』、その言葉を何故発することが出来るのだろう。

私の生涯に置いて、『意味が無い』などという言葉は、

挑戦する者を見下し嘲笑するための虚構に過ぎないように、私は思う。

挑戦しないからといって、悪では無い。

寧ろ、保守的な現実主義は世界の秩序を守り、

平和を保つためには、必要不可欠だと思う。

しかし、だからと云って挑戦する者を見下し嘲笑するのは、

違うように思えた。

纏めると、思考が偏るのは前提として、公平に扱い、尊重し合い、

互いに意識し、共存することを認め合うことが大切だと、私は思った。










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