どきどき、ばくばく…。
心臓の鼓動を表す、それらの言葉はとても的確だ。
わたしは、今からあの人に逢いに行く。
正直、不安だった。
あの人に、この想いを伝えて拒絶されたら……。
それでも、あの人に想いを伝えたかった。
その一心で、あの人に文を送った。
「姫さま、来られました。」
従者が御簾に声を掛ける。
「どうぞ、お入りになって。」
御簾から澄んだ声が聞こえた。
「失礼いたします。」
私は、御簾の中に入る。
貴女は、今日も柔らかく微笑んで迎えてくれる。
噫々、なんと暖かいのだろう。
「わたくしに何か、お話しが有るようですね。」
「はい。」
貴女は、いつも本当に察しの良い方だ。
「今更ではありますが、わたしの妾になって頂けませんか。」
私の声が僅かに震える。
「はい。その申し出、喜んでお受けさせて頂きます。」
貴女は、目に涙を浮かべながら震えた声で応えた。
「申し訳ありません。
もう、あなたさまには……逢えぬとばかり思って居りましたから、
嬉しくて、涙が零れてしまいました。」
懺悔するように、貴女は心内を打ち明けてくれた。
「そうだったのですね。」
私は、貴女を抱きしめた。
「不安な想いをさせて、申し訳ない。
これからは、貴女に不安な思いをさせぬよう努めて参ります。」
いつもより貴女は、華奢で小さく感じた。
妻は、嫉妬しない。
例え、僕が他の女と寝ようとも…。
例え、僕が他の女と付き合ってても……。
全く、嫉妬しない。
というか、寧ろ僕に興味が無い。
僕は、見合いの席で必ず聞いていた。
「結婚後も、女遊びして良い?」って。
今までの女性たちは、僕との縁談を断った。
しかし、彼女…後に妻となる人は違った。
「私には恋愛感情?を理解できないから、別に良いよ。
私を束縛しないなら、不倫も浮気も歓迎するよ。」
と、平然と…至って真剣に応えた。
その応えを聞いた時、この人だ!と思った。
だから、僕は彼女と結婚した。
現在も妻とは、互いに束縛しない、良好な関係が続いている。
改めて、人と人との心地良い関係は十人十色だと感じた。
銀の瞳、淡いうす茶色の髪、整った東欧の顔立ち。
俗にいう、美青年であった。
彼の雰囲気は、なんと言えば良いのだろう。
どこか儚げで……そう、本当に生気が無かった。
虚空を纏っているような……人間離れした雰囲気だった。
死神がいたならば、きっと彼のようなのだろう。
実際、彼は処刑人だった。
処刑ならば、大人だろうと…子どもだろうと、平然と殺せる人間だった。
いつからか、高額な暗殺にまで手を染めるように成っていた。
だから、彼はこんなふうに成った。
人間らしさの欠片も、彼は失ってしまった。
だから、人々は彼をこう呼んだ。
『死神』と。
なんと、馬鹿らしいのだろう。
己のことながら、そう思う。
気が付いた時には、もう……何も遺っていなかった。
気が付いた時には、かつての私は何処にも居なかった。
夢とは、美しい。
夢とは、その人自身の核を現すもののように思う。
それは、個々がそれぞれ描く、多くの悩みと多くの幸せの結晶。
さあ、今日はどんな夢をみるのだろうか。
もうすぐ、聴取が始まる。
我(わたし)の主君が謀反を起こしたからだ。
我ほど、最悪な腹心はいないだろう。
主君の無実を信じる事も、主君を庇い弁明することも、
我は、何もしなかった。
否、何も出来なかった。
それは、悪手だと感じたからだ。
だから、我はこう述べた。
「我は、我ら腹心は…何も知らなかった。」
例え、主君を侮辱されても反論せず、こう述べることしか……、
その手法しか、我ら腹心が生き残る道は無かった。