私は、日本でも最古の部類の由緒正しい家に、長男として生まれた。
大学卒業後、我が家、我が一族宗家の嫡男となり、
今日、先代から正式に当主の座を譲り受けた。
これは、当主の座を譲り受ける前日に、先代に贈られた言葉だ。
「今は運が良ければ、健康な状態で百歳くらい生きられる。
この事実は、紛れもない人類の快挙だ。
しかし、それは我が家の、我が一族の歴史を前にしては、
二十分の一にも満たぬ、微々たる月日に過ぎない。
だが、この微々たる月日の積み重ねが歴史を大きく動かした。
その証拠に時の流れは年々加速し、文化発展や技術革新も早くなった。
しかし、その反動で多くの文化や技術が廃れるのも又、早いのだ。
我が一族の役目は、良き古くからの文化や技術を後世に遺すこと。
そして、それは新しい考えや新しい視点を取り入れることでも在る。
家の慣習を変え、当主となった貴殿のようにな。」
先代は、優しく笑う。
「はい。」
「言いたいことをまとめると、
貴殿の代で課題を解決出来なくても、別に気負わなくて良いのだ。
後世の人間がなんとかしてくれるさ。
大切なのは、自分なりに最善を尽くすこと。
そして、しっかり生き、次代に繋げなさい。」
「その役目と思い、しかと受け継がせて頂きます。」
「受け継いでくれて、有難う。」
先代は、朗らかに笑っていた。
先代につられて笑い、心が少し軽くなった。
わたしは、列車から見る景色が好きだ。
その地域、季節特有の美しい景色が見られて、
その地域は何を大切にしているか、よく分かる。
だから、わたしは列車で遠出をする。
美しい、景色を求めて。
「貴様は、今、何を為そうしている。」
「さあ、何のことでしょうか。」
私の臣下である男は、不敵に笑う。
全く、小賢しく、食えない奴だ。
奴のような人間を、俗は天才と呼ぶのだろう。
自分で言うのも何だが、私の頭は相当切れる方だ。
しかし、奴には敵わない。
何と恐ろしい奴を、弟は遺して逝ったのだろうか。
本来なら、奴のような人間は人を寄せ付けない。
どれだけ有能だろうと、奴のような人間には信頼が置けない。
しかし、奴の右腕たる彼が、それを可能にしている。
「本当に貴様は、彼が右腕で幸運だったな。」
「はい。半ば無理やり、彼を右腕にした甲斐がございました。」
「本当に感謝しておけ。
貴様の右腕が彼でなければ、私は貴様を臣下にはしなかった。」
「我(わたし)も貴男様のお立場なら、我のような人間を起用致しません。」
「分かっているなら良い。
貴様が企んでいる事の顛末は、彼に聞くとしよう。」
「承知、致しました。」
空を見て、思い出す。
かつての、もう忘れる事の叶わない、貴男方に先立たれた日のよう。
貴男方には、恩が有った。
でも、恩を返すことは叶わなかった。
その前に、貴男方は……。
分かっていた、覚悟していた、はずなのに……。
政とは、こういうものだと。
……貴男方を、助けたかった。
なのに、私は何も知らなかった、何も為せなかった。
どうして、貴男方が……死なねばならない。
……どうして、いつも、私は……何も、出来ないのだろう。
……どうして、いつも、私ばかり……生き残ってしまうのだろう。
嗚呼、貴男方に何と詫びれば、良いのだろうか。
赤子を抱く。
今にも壊れそうな、小さく軽い身体。
本当に赤いのだな。
そして、かわいい。
嗚呼、なんて可愛いのだろう。