嗚呼、僕はこの人を愛してるんだな。
彼女と皿洗いを一緒にして、洗濯物を一緒に干して、掃除を一緒にして、
ふと、そう思った。
彼女とは、見合い婚。
見合いの席、初対面で婚約。
彼女が大学卒業後、結婚。
互いに仕事が忙しくて、年に数回しか逢わない。
妻とは、一緒に住んだことが無い。
俗に言う、別居婚。
平安時代中期まで結婚しても一緒に住まない事があたり前だったから、
僕的に目新しいとは思わない。
3人の子どもたちは、私の実家でいとこたちと暮らしている。
かわいそうと思うかもしれないが、僕の家ではあたり前だ。
僕自身、いとこたちと一緒に育った。
妻の話に戻ろう。
当たり前ことをしても、彼女は『ありがとう』、と言ってくれる。
だから、僕も、いつも『ありがとう』を言うようにしている。
彼女には、本当に多くのものを与えて貰った。
例えば、『ありがとう』という言葉が大好きになった。
ありがとう、たった一言。
この一言で、暖かい気持ちになる。
彼女と一緒に決めた、ふたつの約束。
ひとつ、当たり前のことでも、『ありがとう』を互いに言う。
ふたつ、別れ際は必ず抱きしめて、『愛してる』を互いに言う。
だから、僕は今日も 心からの『ありがとう』と『愛してる』を
貴女に贈る。
そして、今日、初めて新しい言葉を付け加える。
「生きていてくれて、ありがとう。愛してる。」
貴女は、少し驚きながらも微笑み、こう言った。
「こちらこそ、生きていてくれて、ありがとう。愛してるわ。」
目を瞑り、微笑む。
高貴な血筋と家格を有する、氏族の嫡流にして本家嫡男として振る舞う。
この時ほど、自我が不要な時は無い。
礼儀正しく、愛想良く、上品で紳士的な所作を……念の為、意識する。
優しく微笑んでいながら、鋭く冷たい目をする。
お偉い方々に丁寧な挨拶とちょっとした雑談をする。
○家の嫡流には妙齢な娘が居る、●家と□家が婚姻した、
▽家が没落した、■家は〜派に移った、などなど様々な情報が行き交う。
パーティは、政の戦場。
ここから、国や経済が動く。
我が一族の努めは、至って明確だ。
ただ、勢力のバランスを保てるよう、手を回し、引き際を見極めるのみ。
今の世は、動きが激しい。
ならば、その動きに寄せ、立ち回るのみだ。
友人と目が合う。
いつもとは全く異なる表情、ひどく冷たい目をしている我(わたし)を見て、
彼は、なんと思うのだろうか。
私は、彼ほど器用で天賦の才を有する人を見たことが無い。
そして、彼ほど自我を殺すことに長けた人を、未だ見たことが無い。
同じ氏族の傍流の宗家嫡男として、これから彼に仕える者として、
彼に同情する。
嗚呼、その姿は、まるでかつての私を見ているよう。
クシャ、カシャ……枯れ葉の上を歩くたびに音がなる。
枯れ葉の層は、やがて土に還り、土の養分となるらしい。
その光景を見たことが無い、幼い私はその事実が信じられなかったっけ…。
自然は、めぐる。
だからこそ、美しい。
弱さは、強さだ。
その己の恥とも思える、弱さを受け入れ、認めよ。
その弱さが強さに転ずることを信じ、己なりに努めよ。
然れば、己に多くの宝を齎らさん。
個人を生まれや権威などで判断するな。
やがて、我(わたし)右腕となる者が現れる。
その者は卑賎の生まれながら、優れた知性と品性を持ち併せ、
初めて、我を見事に言い負かして見せた男だ。
権威、血筋、富に目を眩ませてはならぬ、個人の本質を見よ。
そして、常に多くの視点、多くの人間の意見を取り入れ、
個人を過信しすぎず、過小しすぎず、己を含め評価せよ。
然れば、事実と感覚の解離を紛うこと無かれ。
花は、美しく咲き誇る。
だからこそ、よわった心を癒やし、よわった心に元気を与える。
最愛の貴男に咲き誇る、美しき花々を贈る。
大切な貴男に、たくさんの愛情とたくさんの祈りを込めて。
どうか、少しでも多く、貴男の体調が良好な日々が在りますように…と。
どうか、少しでも多く、貴男とともに生きられますように…と。
年に一度、貴男を想う気持ちと感謝の気持ちを…貴男に贈ります。