目を瞑り、微笑む。
高貴な血筋と家格を有する、氏族の嫡流にして本家嫡男として振る舞う。
この時ほど、自我が不要な時は無い。
礼儀正しく、愛想良く、上品で紳士的な所作を……念の為、意識する。
優しく微笑んでいながら、鋭く冷たい目をする。
お偉い方々に丁寧な挨拶とちょっとした雑談をする。
○家の嫡流には妙齢な娘が居る、●家と□家が婚姻した、
▽家が没落した、■家は〜派に移った、などなど様々な情報が行き交う。
パーティは、政の戦場。
ここから、国や経済が動く。
我が一族の努めは、至って明確だ。
ただ、勢力のバランスを保てるよう、手を回し、引き際を見極めるのみ。
今の世は、動きが激しい。
ならば、その動きに寄せ、立ち回るのみだ。
友人と目が合う。
いつもとは全く異なる表情、ひどく冷たい目をしている我(わたし)を見て、
彼は、なんと思うのだろうか。
私は、彼ほど器用で天賦の才を有する人を見たことが無い。
そして、彼ほど自我を殺すことに長けた人を、未だ見たことが無い。
同じ氏族の傍流の宗家嫡男として、これから彼に仕える者として、
彼に同情する。
嗚呼、その姿は、まるでかつての私を見ているよう。
クシャ、カシャ……枯れ葉の上を歩くたびに音がなる。
枯れ葉の層は、やがて土に還り、土の養分となるらしい。
その光景を見たことが無い、幼い私はその事実が信じられなかったっけ…。
自然は、めぐる。
だからこそ、美しい。
弱さは、強さだ。
その己の恥とも思える、弱さを受け入れ、認めよ。
その弱さが強さに転ずることを信じ、己なりに努めよ。
然れば、己に多くの宝を齎らさん。
個人を生まれや権威などで判断するな。
やがて、我(わたし)右腕となる者が現れる。
その者は卑賎の生まれながら、優れた知性と品性を持ち併せ、
初めて、我を見事に言い負かして見せた男だ。
権威、血筋、富に目を眩ませてはならぬ、個人の本質を見よ。
そして、常に多くの視点、多くの人間の意見を取り入れ、
個人を過信しすぎず、過小しすぎず、己を含め評価せよ。
然れば、事実と感覚の解離を紛うこと無かれ。
花は、美しく咲き誇る。
だからこそ、よわった心を癒やし、よわった心に元気を与える。
最愛の貴男に咲き誇る、美しき花々を贈る。
大切な貴男に、たくさんの愛情とたくさんの祈りを込めて。
どうか、少しでも多く、貴男の体調が良好な日々が在りますように…と。
どうか、少しでも多く、貴男とともに生きられますように…と。
年に一度、貴男を想う気持ちと感謝の気持ちを…貴男に贈ります。
「あなた……、愛しきあなた。」
私の頬は、紅く染まる。
「どうしたの、聴こえているよ。」
出来る限り、冷静に返事をする。
「あなたのもとに嫁げて、本当に幸せだったわ。
わたしを愛してくれて、本当にありがとう。」
貴女に強く、抱きしめられる。
「礼を言うのは、こちらの方だ。
私も貴女と過ごす日々は、本当に幸せだった。
私を愛してくれて、本当にありがとう。」
私も、強く抱きしめ返す。
嗚呼、もう別れか。
婚姻する前から、聞いていた。
しかし、予想より……ずっと早かった。
ただ、それだけ。
溢れそうになる涙をぐっと堪え、優しく微笑む。
貴女を見送る、その時まで……
貴女が好きだと言ってくれた、笑顔で居たいから。