「お覚悟。」
「嗚呼。」
あなたの凛とした声は、静かに響き渡る。
和多志は今日、あなたに刃を向ける。
今迄、あなたから受けた恩を……和多志は仇で返してしまう。
和多志は……あなたを殺す。
唯一、あなたが望んだ願いを叶えるために。
初めて、あなたを殺すために剣を交える。
あなたの戦法は、知っている。
もう、何度も、何度も、叩き込まれた。
最初は守りに徹し、相手を油断させ、その隙を付く。
相手の集中の糸が切れた、その瞬間をあなたは必ず付いてくる。
単純だが、強力な戦法。
だが、短期決戦に持ち込まれれば、その戦法は崩れる。
和多志は、それを知っている。
だから、和多志は一直線にあなたの心臓を貫いた。
「見事なり。」
和多志の頬を水滴がつたい、急いであなたの、母上に駆け寄る。
「強く成ったな。」
「母上……。」
「ありがとう。わたしの願いを叶えてくれて。…人間に戻してくれて。」
「死なないで、くれ。」
嗚咽が止まらない。
「いやよ。」
嬉しそうに母上は、笑う。
「よく聴いて。失敗して良い、完璧で無くて良い、
万事最善を尽くし、例え短くとも、懸命に生きよ。」
最期の、最期まで凛々しく、穏やかな人だった。
「母上、和多志は……あなたに命を拾われ、
あなたの子として、生きられて、本当に幸せだった。」
「お姉さま……。」
「どうしたの、そんな不安そうな顔をして。」
お姉さまは、優しく微笑む。
「以前、お姉さまとお会いした時より青白く、痩せらたように感じます。」
「ふふふ。」
飾り羽のついた扇子で、お姉さまは顔を覆う。
「お姉さま、どうか、ご無理なさらぬように。」
「ええ、代替わりが終わったらね。」
お姉さまは、覚悟が決まっている瞳をして居られた。
「お姉さまに、神のご加護がありますように。」
「ふふふ、ありがとね。愛しきあなたにも、神のご加護がありますように。」
お姉さまは優しく、わたくしの頭を撫でた。
「じゃあね。I love you.」
「I love you, too.」
わたしを着飾る。
いつもは付けぬ、ネックレスにブレスレット、リングを身に付ける。
いつもは纏わぬ、シャレた刺繍に麻の素材、ラフなワンピースを身に纏う。
高級感に上品さ、派手さも無い、
きわめて、庶民的でラフなワンピース。
細やかで鮮やかな刺繍の施された、黒地のロング丈のワンピース。
皮のヒールの高さは、低めで歩くことに適している。
作りの良い、実用的なシンプルな靴。
植物を編んだ、つばの大きい帽子。
それは、趣味の良い彼女の人柄を表していた。
優しさを与える側も、受け取る側も、
余裕が無ければ、その行為の意味を理解できないように思う。
前提として、これは私見に過ぎず、例外が存在するやもしれん。
その例外をわたくしは、未だ見たことがない。
ただ、それだけだ。
わたくしにとって、優しさとは愛情である。
愛とは、相手を思い、相手を尊重する。
それが愛だと、わたくしは思う。
だから、わたくしは条件つきの愛という、概念を理解できない。
地位とは、恐ろしい。
地位を得てしまえば、大抵の人間はその地位に固執してしまう。
その地位を得ようと、わたしは多くを犠牲にした。
その地位を得ようと、わたしは平然と心を殺した。
野心自体、決して悪い訳では無い。
むしろ、高みを目指すことは良いことだと思う。
しかし、多くのものが見失う。
高みを目指す事自体が、目的と化してしまう。
何故、わたしは高みを目指したのか。
それは、貴女への恩返しだったはずだ。
しかし、わたしは……長らく忘れてしまっていた。
貴女が私に宛てた遺書を見るまでは……。
そうだった、そうだったな。
貴女は愛情深く、聡明な人だった。
わたしは貴女の有する、全てを引き継いだ。
だから、わたしは高みを目指したのだ。
貴女の生前には叶わなかった、恩返しをしたかった。
貴女に直接は述べられなかった、感謝の意を示したかった。
最上の地位に就くことで、貴女が成した決断への不安を解消して、
わたしは、貴女を安心させたかったのかもしれない。