月白の髪、紫翡翠の瞳、白磁の肌、整った特徴の無い顔立ち。
『美の権化』、そんな言葉が浮かんだ。
翠色の衣を身に纏い、その手には銀の剣を握られていた。
まだ齢十二、三の童だ。
一瞬だけ、目が合った。
僅か、一瞬。
その一瞬で、殺された。
手練れの部下が、いとも容易く、首を斬られた。
あれは、到底、人間技では無い。
洗練された、剣舞のような剣術。
どれだけ人を殺めれば、あの領域に達するのだろう。
美しいものは、皆、好きだ。
自然も、芸術も、歴史も、文化も、言語も、人も、美しい。
この世界は、時に編み出された、美しいものたちで溢れている。
誰だろう。
白いレースのワンピースを着た少女が、こちらに駆け寄ってくる。
艷やかな黒檀の髪。
明るい琥珀の優しい眼差しの瞳。
朱色の紅がさされた口は弧を描き、微笑む。
ここは、どこだろう。
蝶は舞い、あたり一面に美しい花々が咲き乱れている。
『さようなら、愛する貴男。』
彼女の思考が流れてくる。
「生きて。」
彼女は涙を流しながら、柔らかく微笑みながら、そう言った。
目が覚める。
自然と、私は涙が溢れていた。
何故、夢の中で気が付かなったのだろう。
夢の中の少女は、幼き日の愛する貴女だったことに……。
統一という偉業を成した、この王国は滅びゆく。
統一を成した王が亡くなって、僅か四年余りで滅びてしまった。
あなたと共に築いた王国が、あなたと共に生涯を通じ尽力した王国が、
あなたを亡くすと共に引退した、私が生きているうちに
こんなにも呆気なく、滅んでしまった。
あなたを亡くし、あなたと共に尽力した者が抜けた穴は、
本当に大きかったようだ。
先ほど、新しい王朝の使者が来た。
どうやら、私とその部下が欲しいらしい。
私は、その役目を受けることにする。
老体に鞭を打ち、復帰することにしようと思う。
こんな、思いは二度と御免だからね。
あなたが望み、志した、平和で安定した治世。
それを永く実現できるよう、これからは尽力して参ります。
若は、今日も槍を振るう。
極寒の中、手の皮は破け、血が滲みながらも槍の修練をする。
僕には、何故そこまで修練を積むのか理解出来ない。
若は血筋の良い生まれで、次期当主として一族の中でも高い地位だ。
彼の父たる殿も、武将としての地位は高い。
そこまで修練を積まずとも、血筋で良い地位に就ける。
そこまで修練を積まずとも、血筋で良い兵士に恵まれる。
なのに、何故、そこまで修練を積むのだろう。
「若、そろそろ中へお入り下さい。」
「ああ、きりが良いところで止める。」
「先ほども同じことを仰っられたではないですか。日が暮れてしまいます。」
「いや、もう少しだけ続ける。」
「では、僕と勝負をしましょう。」
「僕に勝てば、若が気が済むまで修練を積んで良いです。
僕に負ければ、今日の修練は終わりにして下さい。」
「ほう、良いだろう。」
互いに構える。
地面に積もった雪は舞い、刃を交える。
勝負は、着いた。
槍は若の手から離れ、剣が若の首の寸前で止まる。
「僕の勝ちです。」
私は、そう宣言した。
「チッ、俺の負けだ。」
「本当にお強くなられましまね。次は負けてしまうかも知れません。」
「嘘をつけ。」
「嘘ではありませんよ。実際、危うい場面が何度もありました。」
「そうか。」
どこか、悔しそうな若の表情。
「何故、貴様は強い。」
「僕は、ここで死ぬ訳には参りませんから。」
「ほう、それはあの人に仕えているからか。」
「いえ、違います。殿に仕えるためではありません。」
「大王に仕えているからか。」
「それも、違います。昔、幼き頃から仕える主君と約束したのです。
必ず生きて故郷に戻ると……。僕の最期は、主君の側で迎えると……。」
「なるほどな。念の為、周囲には伝えぬ。」
「感謝致します。」