統一という偉業を成した、この王国は滅びゆく。
統一を成した王が亡くなって、僅か四年余りで滅びてしまった。
あなたと共に築いた王国が、あなたと共に生涯を通じ尽力した王国が、
あなたを亡くすと共に引退した、私が生きているうちに
こんなにも呆気なく、滅んでしまった。
あなたを亡くし、あなたと共に尽力した者が抜けた穴は、
本当に大きかったようだ。
先ほど、新しい王朝の使者が来た。
どうやら、私とその部下が欲しいらしい。
私は、その役目を受けることにする。
老体に鞭を打ち、復帰することにしようと思う。
こんな、思いは二度と御免だからね。
あなたが望み、志した、平和で安定した治世。
それを永く実現できるよう、これからは尽力して参ります。
若は、今日も槍を振るう。
極寒の中、手の皮は破け、血が滲みながらも槍の修練をする。
僕には、何故そこまで修練を積むのか理解出来ない。
若は血筋の良い生まれで、次期当主として一族の中でも高い地位だ。
彼の父たる殿も、武将としての地位は高い。
そこまで修練を積まずとも、血筋で良い地位に就ける。
そこまで修練を積まずとも、血筋で良い兵士に恵まれる。
なのに、何故、そこまで修練を積むのだろう。
「若、そろそろ中へお入り下さい。」
「ああ、きりが良いところで止める。」
「先ほども同じことを仰っられたではないですか。日が暮れてしまいます。」
「いや、もう少しだけ続ける。」
「では、僕と勝負をしましょう。」
「僕に勝てば、若が気が済むまで修練を積んで良いです。
僕に負ければ、今日の修練は終わりにして下さい。」
「ほう、良いだろう。」
互いに構える。
地面に積もった雪は舞い、刃を交える。
勝負は、着いた。
槍は若の手から離れ、剣が若の首の寸前で止まる。
「僕の勝ちです。」
私は、そう宣言した。
「チッ、俺の負けだ。」
「本当にお強くなられましまね。次は負けてしまうかも知れません。」
「嘘をつけ。」
「嘘ではありませんよ。実際、危うい場面が何度もありました。」
「そうか。」
どこか、悔しそうな若の表情。
「何故、貴様は強い。」
「僕は、ここで死ぬ訳には参りませんから。」
「ほう、それはあの人に仕えているからか。」
「いえ、違います。殿に仕えるためではありません。」
「大王に仕えているからか。」
「それも、違います。昔、幼き頃から仕える主君と約束したのです。
必ず生きて故郷に戻ると……。僕の最期は、主君の側で迎えると……。」
「なるほどな。念の為、周囲には伝えぬ。」
「感謝致します。」
それは、大人になるという指標。
大人という概念は、わたしにとって極めて曖昧なものだ。
成熟する。
その基準も、人により異なるだろう。
何を持って、大人とするか。
何を持って、成熟するのか。
わたしには、まだ分からない。
むかし読んだ作品には、
『大人とは、嫌いな人間の幸福を祈れるようになることだ。』
と、記されていたような気がする。
それは、当時のまだ幼い私は腑に落ちるものだった。
今のわたしには、そう思えることが如何に難しく凄いことか、
少しだけ垣間見えた。
それは、越えられぬ城壁のように大きい。
大人とは、子どものわたしには理解が及ばぬ、
様々な感覚があるように感じる。
言葉には現しきれぬ、感覚。
その感覚を得られるほどの歳を重ねたいものである。
寒い、寒い。
手には、もう感覚がない。
少しでも、早く火を起こそう。
しかし、木が湿って火を起こせない。
塹壕の中では、やはり何でも湿ってしまう。
私の足すらも……。
私も、彼らのように足を切断せねば、ならないのだろうか。
こんなことなら、いっそのこと自殺しようかな。
ハハ…。
戦争って、こんなんだっけ。
おかしいな、昔の戦争はこんなに永くは続かなかった。
おかしいな、昔の戦争はこんなに兵士は死ななかった。
おかしいな、此処まで兵士を人間として扱わなかったっけ……。
あれ?今迄、私は何のために生きてきたんだっけ。
頬を白魚のような両手で優しく包まれ、輪郭を指でなぞられる。
「かわいいひと。」
甘い蜜のような声を耳元で囁かれる。
『天上の花』
そんな言葉が頭を過る。
蜜のように甘く、天女のように美しい女性。
それが、彼女で在った。
遊女に惚れ込むとは、愚かな自覚がある。
それでも彼女と過ごす一時は、本当に幸せで在った。