蝶のように、美しく、舞う。
スポットライトが舞台を照らし、より女優の艶やかさを引き立てる。
甘い歌声に、多くの人々を魅了する演技に、華やかさな美貌。
誰もが一度は憧れる世界に、わたしは立っている。
この舞台には、わたしを目当てに多くの人が訪れる。
舞台の上から見る、観客席に座る人々の表情が好きだった。
物語に惹き込まれて、わたしを女優としてではなく、物語の住人として見る。
まるで、観客たちと一緒に、物語の出来事を体感しているような一体感…。
そして、物語の最高潮で見られる観客たちの感動した表情。
舞台の終幕後、観客たちは心揺さぶらた…その感動を他の観客と語り合う。
その観客たちの熱く語り合う姿が、何よりも……わたしの喜びだった。
もう少しで、きっと私の命は…尽きる。
手は尽くしたが、もうこれ以上は……今の医療では……生きられないと主治医から告げられた。
血筋を考えれば、私はよく生きた部類だろう。
何が、高貴な青き血だ。近親婚を繰り返した、濃すぎる血。
其の代償に、多くの親族は……私の家は…幼き頃から病を患い、寿命は短い。
やはり、私も……永くは生きられないみたいだ。
やっと、愛する貴方のもとに逝くことが出来る。
でも、貴方の遺したものを思うと…少し気掛かりだった。
私の代で少し血を薄められた…のだろうか。
其れを見られるのは、もう少し先のことに生るだろう。
嗚呼、もう少しだけでも…生きたかったな。
貴方の遺したものの、行く末を……願わくば、見届けたかった。
幼き頃、海は苦手だった。日が強く照りつけ、わたしの白い肌では火傷していまう。日が照りつけると、黒いマントを着る。此れが、とても暑いのだ。だから、海と船にはあまり行きたくなかった。
でも、夜の船旅は好きだった。夜空は、地上よりずっと広くて綺麗だった。
そして、海をずっと東に渡れば、わたしの思い出の地が在る。その国には、もう訪れるは叶わない。でも、大好きな国だった。幼きわたしに多くの世界を見せてくれた。大好きなお世話になった人々が、暮らす国。平和で、貧しくとも困らぬ国。
彼らの教えは、今のわたしを模っている。
師に連れられ、訪れた。海は、わたしの故郷とは全く別物だった。この国の砂浜を彩る、貝殻の美しきことに驚いた。流れ着いた大きな貝殻を耳にあてると、海の音が聞こえた。
人生で初めて感動した瞬間だった。
又、いつか…あの国に訪れ、大好きな人々と再会を果し、礼を言いたいものである。
…願わくば、叶えたい。戦の世に、無謀とも云えるこの夢を。
わたしは、過去に心を捨てたことがあった。
その当時のわたしには、心は不要だと思っていた。
わたしと近しい心のある人間は、みな苦しんでいた。
心ある者ほど薬に溺れ、亡くなる者や自殺を選び、亡くなる者が多かった。
何故、早々に心を捨てなかったのだろう。わたしたちは、武器だ。
此処では、能力が全てだ。能力が無ければ、殺される。
人を殺す時、感情が邪魔をして、より一層相手を苦しめると思った。
しかし、それは違った。
わたしの主人となった女性に、初めて教わったことだった。
彼女は、どんなに苦労しようとも、心を捨てなかった人だった。
彼女は、強かった。心があるからこそ、生きることを諦めなかった。
心があるからこそ、多くの人々の声なき声に耳を傾け、寄り添った。
多くの人々に、分け隔てなく愛し、愛され、喜びを分かち合っていた。
『化け物』と呼ばれていた…わたしに沢山の愛情を与え、心の大切さを教えてくれた人だった。
「私の側にいて、今日だけは。」と、男は泣きそうな、掠れた声で言った。
「貴方は、本当にかわいい人ね。いつもは、ツンとして…強がりさんなのに、時より甘えん坊。ふふ、まるで猫みたい。」
女は、男の顔の輪郭にそっと両手を添え、目を伏せて、そっと互いのおでこ
をくっつけた。
「…。」男は、女に膝枕をしてもらい、女の腹に男は顔をうめた。
「良いわよ。たくさん甘えて…、誰にだって甘えたい時はあるもの。」
女は、男の髪を優しく撫でる。
男には、語れぬような苦しい過去と記憶が在った。
その後遺症で、男は時より苦しめられた。
男は、もう薄れて、微かとなったラベンダーの香りを嗅いだ。
男は、女とその香りが好きだった。
かつての辛い記憶の中から、覚ましてくれるから。
男は、ゆっくりと気持ちの波が穏やかになったことを感じた。
男は、女をそっと抱きしめる。
女も、また男を優しく、深く抱きしめた。
『貴方は、完璧で在りたいみたいね。
弱みが在っても、良いじゃない。
その弱みに、救われる人が少なからず、いるのよ。
…わたしも、その一人。
だから、生きてね。
辛き記憶に惑わされないで。
そして、いつか…過去の自分に言ってあげて。
生きていて、良かった。って、約束よ。』
この香りを嗅ぐと、男は思い出す。その言葉を。