「私の側にいて、今日だけは。」と、男は泣きそうな、掠れた声で言った。
「貴方は、本当にかわいい人ね。いつもは、ツンとして…強がりさんなのに、時より甘えん坊。ふふ、まるで猫みたい。」
女は、男の顔の輪郭にそっと両手を添え、目を伏せて、そっと互いのおでこ
をくっつけた。
「…。」男は、女に膝枕をしてもらい、女の腹に男は顔をうめた。
「良いわよ。たくさん甘えて…、誰にだって甘えたい時はあるもの。」
女は、男の髪を優しく撫でる。
男には、語れぬような苦しい過去と記憶が在った。
その後遺症で、男は時より苦しめられた。
男は、もう薄れて、微かとなったラベンダーの香りを嗅いだ。
男は、女とその香りが好きだった。
かつての辛い記憶の中から、覚ましてくれるから。
男は、ゆっくりと気持ちの波が穏やかになったことを感じた。
男は、女をそっと抱きしめる。
女も、また男を優しく、深く抱きしめた。
『貴方は、完璧で在りたいみたいね。
弱みが在っても、良いじゃない。
その弱みに、救われる人が少なからず、いるのよ。
…わたしも、その一人。
だから、生きてね。
辛き記憶に惑わされないで。
そして、いつか…過去の自分に言ってあげて。
生きていて、良かった。って、約束よ。』
この香りを嗅ぐと、男は思い出す。その言葉を。
8/30/2023, 2:41:20 PM