言葉には、霊が宿る。言葉には、力があり、重みがある。見えるものでは、決して無い。しかし、多くの人々が計り知れないほどの永い時間を掛け、変化させ続けて来たものだ。
謂わば、言葉とは其の土地の歴史であり、文化であり、様々なものの根底なのだ。
今の時代は、遠く離れていても誰とでも連絡できる。
その言葉の相手と自分自身に与える影響力と重みを、気軽に連絡することが出来てしまうからこそ、実感することは難しいと思う。
言葉には、人の人生を変える力がある。
たった一言で…人を殺めることも、人を救うことも、出来てしまう。
言葉は、『諸刃の剣』という事実を決して忘れては無らない。
朝日が、昇る。
朝の光は、とても気持ち良い。私の隣には、小さな手紙が置いてあった。
其の手紙は、愛する人からのものだった。
『朝を一緒に迎えられなくて、ごめんなさいね。』と綴られていた。
私は、貴女の繊細な気遣いに惚れたのだ。いつも相手を思い遣る、そんなところに。
貴女は、魔性だ。一度惚れたら、手放せない…どんな人でも骨抜きにしてしまう。貴女には、私以外にも愛する人が他に幾人も居る。其れでも、誰も貴女を手放さない。
其れどころか、私はより貴女に執着している。
貴女は、私を愛しているが一番では無い。運命は、とても残酷だ。生涯で貴女ほど愛している人は、私は居ないのに。
布団から、仄かに貴女の…ラベンダーの香りが鼻を掠めた。
私たちの生きる世界は、修羅の道だ。
此の家で生まれたら、気に入られ…養子に成ったら、最後だ。もう人の道は、歩めない。もう、陽の目を見ることは叶わない。此処は、まるで巫蠱の壷の中みたいだ。子どもたちを城館に閉じ込めて、序列の順位を競争させ、最後まで生き残った強い者を作り、兵器として使う。
最後まで生き残った者、其れが私だ。
偶然、生き残った訳では無く、私が殺したのだ。頂点に成るために、生き残る為に、平然と多くの人を殺した。あの頃の私は、何も思わなかった。何も感じなかった。生きる為の行為でしかなかった。
兵器として、生きてきた。傀儡みたいに、生きてきた。常に虚ろだった。あの頃の記憶は殆ど覚えていない。其処だけ記憶が抜け落ちていた。
今の私は、あの頃とは違う。命を奪うという意味を知っている。
ガス灯が道を照らす。闇夜にはとても心強いだろう。
然し、わたしの様な生業の人間には少々仕事がやり辛くなる。
科学の発展は、喜ばしい事だ。人々の暮らしは、便利になり、豊かになる。
やはり、時代が進むに連れて、わたしのような常夜で生きる者の肩身は狭く変るようだ。
良いことでは、或るが何だか複雑な気持ちに成った。
難しいことは、止めよう。今日は、折角の久々の休みだし。
帰ったら、煙管か水煙草を吸って…ウイスキー…いや、ウォッカに檸檬を入れて、窓を開けて街の灯りを眺めよう。
此れが休日のわたしの至福の時だ。
織姫と彦星が年に一度だけ天の川で逢うことを許された日。
なんとも浪漫がある。
両親からも義両親からも嫌われる私とは違い、織姫も彦星も怜悧で箱入りの親に反抗することを知らなかったに違いない。
私なら、駆け落ちするだろう。
此れは之で面白い物語に成るだろうが、私はそんな結末の物語を残念ながら知らない。
今でも、親に逆らうことを知らずに育った子は居るだろう。親に原因がある場合も在るが、生まれ持った其の子の性質の場合も在るだろう。
私は我が強いからか、よく大人に逆らい、よく大人から嫌われた。今では、笑い話だ。数々の若気の至りについては大人げないと思うが、全く反省していない。あの頃を反省するほど、私は真面目でも善人でも聖人でも無い。若気の至りが有ったからこそ、今が在る。
その事実を否定するほど、私は落魄れていないし、高が己の過去の過ち如きで零落れるつもりも無い。
どんなに滑稽で、愚かで、惨めで、どんな醜態を晒そうとも…私は今と未来を諦めるつもりは、決して無い。
他人に私の生き方を委ねて、堪るものか。 私の生き方は、己が決める。