私の主は、神と揶揄される人だった。彼女は、私よりずっと若いが私より、ずっと大人びた人だった。
貴方と初めて逢った時、貴方は私の家族を殺した直後だった。あの時の貴方は、割れた黒曜石みたいに鋭く冷たい眼をしていた。私は、貴方と眼があった瞬間、眼の前に貴方が現れ…何かを振り下ろした。其処から記憶は、途切れた。
気付いた時には、見知らぬ土地に勝手に連れてこられたていた。
病室みたいな部屋のベットに寝かせられ、身体には包帯が巻かれていた。窓は、開いていて温かい陽の光が差し、心地よいそよ風が白いカーテンと踊っていた。
開けられた窓からは、子どもの笑い声が聞こえて…起き上がろうとした時だった。ズキッとした強烈な痛みが襲った。其の痛みで、ふと我に返った。此処は、何処だ。一瞬、彼の世かと思った。が、直感が『違う。』と叫んだ。
どうにか、ゆっくりと身体を動かし、窓を覗いた。
其処には、僕より幼い子が何人も居た。でも、皆、笑っていた。外で其れは…其れは…楽しそうに遊んでいた。
私の故郷では、そんなに嬉しそうな…楽しそうな…子どもたちの表情を見たことが無かった。
貴方は、私の名を、私の過去を、生きた時間を、大切な家族を奪った人。でも、多くの子どもたちを救った人でもあった。私も其のひとりだった。
貴方が残虐非道だったら………、貴方が冷酷無比だったら…………、貴方を簡単に憎しみ、恨み、疎み、親の仇を打つが出来たのに。こんなに苦しむことは無かったのに。
貴方は、何故、そんなに…慈悲深く、暖かく、美しいのだろう。
人生は、難しい。
たった1つの選択で気付かぬうちに大きく変わる。
正しい答えは決して1つでは無く、その時の選択が正しいかどうかは時が経て初めて分かる。
たった1秒先でさえ、何が起こるか分からない。
『一寸先は闇』という言葉は、その事実を如実に表している。
たまに、生きた時間を振り返り、過去と向き合う。
たまに、お世話になっている人に感謝し、相手に言葉にして伝える。
只、其れだけで自分と周りの人を幸せに出来ると思う。
無理しないでね。
陽の光は、生命の源。しかし、『薬も過ぎれば毒となる』ように、強すぎる日差しは命を少しずつ削り、やがては多くの命を奪う。
私の村もそうだった。日照りが続き、嘗て豊かだった土地は不毛の荒野になった。
男たちは、街に奉公に出た。女たちは、少しでも稼ぐために農耕に内職…時には旅商人に身体を売り生計を立てた。子どもは口減らしで大半は売られ、残った子どもは家のことを一通り行いながら赤子をあやした。
あの頃は、皆、生きることに精一杯だった。
そんなときに、餓えて死にそうなの旅人さんがこの村を訪れた。
女たちは村の少ない食料を旅人に分け与え、子どもたちが交代交代に介抱してくれたのだ。
村の人々のお陰で、旅人さんの身体は順調に回復していき、皆に見送られながら村を後にした。
その1年後のことだった。旅人さんは、またこの村を訪れた。村の人々に水の引き方に溜め方、乾燥に強い作物の育て方を教えてくれた。また、村の人々に文字を教え、多くの本を与えた。そして、村の人々の生活も少しずつ豊かになり安定していった。
この頃になると男たちは、街から帰ってきた。私のお父さんも帰って来れるようになった。女たちやお母さんの負担が減って、困ったように笑うんじゃなくて、幸せそうに笑うようになった。子どもたちは、外で遊べるようになった。売られた子どもたちも少しずつ帰ってきた。
少しずつ村の張り詰めた空気はほぐれ、皆、生き生きしていった。
旅人さんは、この村を救った英雄でこの村に残り、みんなの先生になった。
今では、笑顔で溢れる村となった。
わたしは、城館から町を見下ろすような夜景しか見れない。陽の光は、眩しくて熱くて痛い。わたしには、陽の光は強すぎて外には殆ど出られない。出られたとしても日傘は勿論、服は黒一色。帽子のつばが広いものしか被れない。
『仕方ない。』分かってる。分かってる。生まれつきの疾患。私の枷。たまに呪ってしまう。
それでも、良いことにしてる。其れがわたしだから。
他者と比較は、確かに良くない。己の欠点を他者と比較し、己を追い詰めるのは、確かに良くない。
でも、他者と己を比較し、他者から学び、己をより良くすることは決して悪いことでは無いと思う。
わたしは確かに他者とは違い、陽の光をまともに浴びることも…昼の景色も見ることも出来ない。
だからこそ、周囲の音や声に耳を澄ませられる。だからこそ、匂いに敏感で季節の訪れも感じられる。だからこそ、視覚だけでは捉えられない些細な変化を感動に変えられる。
其の事を教えてくれたのは、紛れもなく他者である貴方たちなのだ。
運命の人は、複数人いると思う。初めての運命の人は、自分を出産してくれた人。人によって、育った境遇も運命の人の数に数え方も異なるだろう。
私の故郷では、生き方を選べない。私は、親に逆らうことなく生きて来た。親の決めた人と十四、五歳に結婚して子を成し、育て…天寿を全うする。親の云うことを聞き、結婚後は夫に付き従う。其れが女の私の役目。
私は、優秀だった。幼い頃から、基本的に何でも努力した。生き残りたかったから。此処は、優秀で従順であれば生き残れる。より優秀で従順であれば、より力を有する家に嫁げる。力を有する家は、此処より豊かで穏やかな暮らしが出来る。だから、当時の私は他人を蹴落とすことも裏切ることも躊躇しなかった。酷く冷酷で自己中心的だった。
もうひとりの運命の人は、嫁いだ人だった。私が嫁いだ人は、親の云うことだけを聞き、従い続けた私とは違った。一族内での、地位を自らの力で築き上げて、盤石なものにした人だった。普段は芯が強く飄々としていて、時には情深く、甘えん坊な人だった。
楽な生き方を常に選んできた私には、あまりに不釣り合いな人だった。
でも、それでも…彼を愛してしまった。愛されたいと望んでしまった。私には、彼を望んで良いほど価値が無いと分かっていたのに。
彼は、そんな私を愛してくれた。『此の世に無価値な人は居ないよ。それにどんな生き方をしたか。じゃなくて、これからどんな生き方をするかが大切だよ。』と教え、支えてくれた。
ふたりの運命の人へ、本当にありがとう。