ひらり
風が優しく吹く日、私は川沿いの道を歩いていた。春の光が木々の間から差し込むと、葉っぱがひらひらと揺れる。その瞬間、目の前を一匹の蝶が舞っていった。白い羽が太陽の光を受けてキラキラと輝いて、まるで空を切り裂くように軽やかに飛んでいった。
蝶を見つめていると、突然心の中に温かい感情が湧き上がった。それは、今まで忘れていたような、あの頃の懐かしい記憶。どこか遠い場所で感じた、安心感と平穏。思い出の中の誰かが、そっと私を見守っているような気がした。
「ひらり。」その言葉が口から漏れた。
私は立ち止まり、風に耳を澄ませた。空気が柔らかく、世界がひとつの大きな優しさで包み込まれているような気がした。蝶はやがて木々の間に消え、私もまた歩き出した。その足取りは少し軽くなったように感じた。
たったひとひらの蝶が、私の心を少しだけ変えてくれた。
誰かしら?
駅のホームに立っていた。周りは誰もいない。空は薄曇り、風がひんやりと肌を撫でるだけだった。私は時計を見た。もうすぐ電車が来る。待つ時間が少しだけ長く感じる。
足音が近づいてくる。振り向くと、黒いコートを着た人物が一人、歩いてきた。その人は私を一瞥すると、何も言わずに隣に立った。特別な意味はないのかもしれない。ただ、静かな時間が流れた。
「誰かしら?」私はふと口を開いた。
その人は少し驚いたように見えたが、すぐに微笑んだ。そして、穏やかな声で答える。
「君が誰かしら、って思ったんじゃない?」
私は言葉が詰まった。確かにそうだ。私はただの見知らぬ人に声をかけた。こんな瞬間に、何かがつかめる気がした。けれども、それが何かはわからなかった。
電車が到着する音が遠くから聞こえてきた。その人は軽く頭を下げると、静かに歩き出した。
「またね。」
その言葉だけが、風に乗って私の耳に届いた。
私はその場に立ち尽くしたまま、電車が来るのを待った。
根吹きのとき
春の足音が、じわりじわりと土の中に響く。まだ冷たい風が吹き抜ける午後、古びた家の裏庭で一人の少年は膝をついていた。手のひらで土をかき分け、静かに息を呑んでその感触を確かめる。根が、ゆっくりと動いているのだ。
「もう少しだよ。」
少年の声は、風に消えていった。彼の名前はユウ。祖父の教えを守り、毎年この時期に庭の片隅にひとつの木を植えることが習慣だった。その木はまだ若い桜の苗木で、毎年春になると、根が少しずつ、けれど確実に伸びていく。その成長を見守ることが、ユウにとって何よりの楽しみだった。
「この木が大きくなったら、僕も大人になれるかな。」
ユウはふと、自分の手を見つめた。小さな手のひらに広がる土の感触。祖父はいつも言っていた。「根が深く張るように、どんな時も地に足をつけて生きなさい」と。
その言葉を思い出しながら、ユウは手を止めた。深い土の中で何かが動いた気がした。ほんのわずかな振動。それが何なのかは分からない。けれど、確かに感じ取った。春の風に包まれ、桜の苗木が静かに「息を吹き返す」瞬間を。
「ありがとう、待っててね。」
ユウは立ち上がり、少しだけ遠くを見つめた。桜の木が育つとき、彼もまた、少しずつ成長していくのだろう。根が深くなるたびに、その先に広がる世界が見えてくるのだから。
春は、いつもそんな風に静かに、そして確実にやってくるのだった。
一輪の花っていう小学校の国語の教科書に乗ってた話しあったよね。
めっちゃ懐かしい。
「貴方は本当に子供のように笑うね。」
母親はバカにするかのように言った。でも本当にそうなのかもしれない。
私は笑い方だけではない。怒る時も泣く時も喜ぶことも。全部子供みたいだ
なんなら私は嫌いなものも多い
ピーマンやキャベツ、きのことか果物類も食べられない
それは大人になっても変わることはない。
大人になったら嫌いがあまりなくなることや、嫌いなものが好きになることだってある。
私は大人になってもこのままなのかもしれない。
「でもその子供のよう…そのらしさが私は好きよ」
でも焦る必要はない。
子供らしさは私の「個性」なのかもしれない。
私の「個性」は男の子から散々バカにされるかもしれない。
でもそれでいいのだ。
私の「個性」に気づいてくれているのだから。
『子供のように』