小さな子供や学者のように、純粋な探究心からこの言葉を言えたらいいのだが。
どうして空は青いの?
そう問う時、心はきっとニュートラルだ。
だけど私はこの言葉につい、重たい感情をのせてしまう。
どうして分かってくれないんだろう?
どうしてあの時ああしなかったんだろう?
どうしていつもこんなに苦しいんだろう?
これはもう問いの形をした感情の吐露だ。それも割り切れなさや執着を含んだ重く行き場を失った感情の塊。
実のところ、問いの答えを知りたいわけじゃない。だけど感情の塊を強くぶつけられるのも持て余すのも、もうしんどい。今の私はこの塊に押し潰されるより、ほんの少しでも隙間を見つけられたら、と願っている。それは絡まった糸を一本ずつほぐしていく時のように、少しずつ。
どうして
このまま目が覚めないで、ずっと夢を見ていたい。
というような甘く陶酔するような夢をあまり見ない。
見るのは決まって現実的な夢。ATMに並ぶ夢とか、あれこれ夢だっけ?ってなるやつ。せっかくの無意識の世界なのに何故。夢なんだから空を飛んだり動物になったりしたらいいのに。
元々睡眠時間が短く、最近では夢を見ること自体ほぼ無くなってしまった。でも本当は、ちゃんと何かしらの夢を見ているのかもしれない。夢なんて起きた途端忘れるものだし。きっと見ているのだと思いたい。
chatGPTによると、夢を覚えているかどうかは、どうやら「目覚め方」にかかっているらしい。
眠りと覚醒の境界線が曖昧なまま、まどろみの中に身を置く。そのまどろみの時間が、夢の断片を繋ぎ止めてくれるという。夢うつつで、ぼんやりしたまま起きている状態ということだろうか。
そういえばいつも、目が覚めてすぐ時間を確認する癖がある。それが現実モードへの切り替えなのかもしれない。
明日、目が覚めても夢うつつでいよう。
まどろんで、現実と夢の間でたゆたって。そんな恐ろしくも贅沢な時間を自分に許してあげよう。
その時私の精神はどこに向かっているのだろう。
どうか自由に空を飛んでいますように。ATMに並んでいませんように。
夢を見てたい
時々焦ることがある、自分は変わらなくちゃダメだと思って。
中身のある人生を生きたい、何事もきちんと味わって自分に正直に。過去に囚われる必要なんてない、ちゃんと今を生きてみよう、そう思う。
新たなことを始めてみたり、いらないものを手放したりしてみる。そうすることで何かを得ようとジタバタしてみるんだけど、しばらくすると疑問が湧く。本質的なところで何も変わってないんじゃないかと。
新しい自分になったつもりで、表面だけ整えてるだけ。自分の内側は変わってない。そしていつの間にかまた、変わるべき理由を見つけ出そうとしている。
多分、こんな自分じゃだめだっていう呪いにかかってる。
このままの自分じゃ愛される資格も居場所を持つ資格もない、変わらなきゃ。その繰り返し。多分変わることより先に必要なことがある。そろそろ私は私に、ずっとこのままここにいたいと思える安息の場所を見つけてあげたい。
ずっとこのまま
私一人だけお迎えが来なかった。
別にいいんだけど。いつも忙しくしてる親だったし、そんなの珍しくもなかった。
何の時だっけ。もう記憶は曖昧。小学校で修学旅行かなんかの学校行事の終わり。確か、お迎えのお願いというプリントを渡したはずだった。
あたりはもう暗くてとにかく底冷えのする寒い日で、私はぶるぶる震えて親が来るのを待っていた。歯をカチカチ鳴らして肩をすくめて──文章にすると滑稽だけど、本当に漫画の描写みたいに、ガタガタぶるぶる震えていた。
先生のどうしましょうって困惑した顔が忘れられない。もう帰ります、大丈夫なんで、そう言ってその場から去った。とにかくそこにいたくなかった。
早く帰りたいのに、家までの道のりが信じられないくらい遠かった。真っ暗だし風がもろに吹き付けてくるし、荷物も凄く重たい。涙目になるのが情けなかった。重いとか寒いとかそんな理由で泣いたら幼児みたいだ、そう思ったのを覚えている。
仕事が忙しかったのもあるけど、学校行事とか、親はそういうのが苦手で来たがらなかった。他の保護者と話しているのもほとんど見たことがない。ああいう場だと、親は私以上に居心地が悪そうだった。私も友達がいなかったし来てほしくなかった。血筋なんだと思う。親の気質をしっかりと受け継いでいたのだ。
あの帰り道は本当に染みた、寒さが。小学生だったけど、まさに骨身に染みる、ということをありありと感じていた。冷気が皮膚を突き抜けて体の組織の隅々に浸透していくみたいだった。あまりの冷たさに精神までぎゅっと縮こまって消え入りそうだった。
寒さが身に染みて
かつて20歳だった私。
自分に必要だと知ったのは、強さではなく安定剤の代わりになるものだった。
都合のいい物語はなく、あったとしても長くは続かない。
人間関係は基本的に不可逆的で、壊れてしまったら元に戻らないということも知った。きっと元に戻らなくていい理由があるのだと自分に言い聞かせてきた。
その他もろもろ私が知り得たことの多くは、すでに他の人たちも知っているようなありふれたことだった。それでも自分で気づかなければ意味がないことだった。
最近、またひとつ気づきがあった。
救いは期待したところからは決して来ないが、予想もつかないところから不意にやってくる。
20歳