子供頃、よく思っていた。
絵本に描かれた鳥かごの鳥は、どうして逃げ出さないのだろうかと。
おとぎ話の鳥かごはとても簡易に描かれていて、鳥がちょっと頭を働かせたらすぐにすり抜けられそうに見えたから。
そしたらすぐ、青空を羽ばたけるのに。
大人しく、細い止まり木に留まり続けるのは何故なのか。
大人になった今なら想像できる。
逃げ出したとしても、生きられないのを知ってる。
あの絵本の鳥は賢かったんじゃないだろうか。
ひとりで餌を取れないひ弱な鳥は、だから逃げ出さなかったんだ。
狭くても、飛べなくても。
ここに居れば餌を貰える。
……社会の歯車に成り果てた。
夢を追えない自分と重ねて苦笑いを噛み殺した。
羽を畳んで、行儀よくそこに居る。
飛べない鳥じゃない、飛ばない鳥。
俺は今日も、華奢で形だけを整えたその鳥籠の中で。
見る事の無いだろう青空を横目に、息をしている。
そうだね。
回りくどい言い方も、カッコつけた理由もない。
アナタに抱きしめて欲しいだけ。
好きだよって言葉と。
出来れば優しい微笑みがあれば。
それだけでいい。
視線が自然とセンサーみたいに引き付けられた事はある?
あのコのいつも着てる制服と同じ色味を視界に入れただけで、無意識に視線はそこに流れる。
違う顔を見た時に、自分がそれに反応したんだと気付く位当たり前に...いつも彼女を探している。
そして見つけた彼女の視線の先には、残念ながら自分は居ないんだけどさ。
ムカつく、こっち見ろよって思うのに。
結局また、探してるんだ。
その度に色濃くなる失恋と、その度に好きが上乗せされる恋の。
不毛な繰り返しの毎日。
自分だけにあるもの。
他の誰にも無いもの。
世の中を知るまでは持っているつもりだった。
でも、上には上が居る。
私だけの持ち物、愛してくれる人、才能。
手の中には何も無かった。
……それでも、好きな事を見つけて没頭するとその劣等感は薄れた。
それは人によって違うだろうけど。
私は好きな活字にふれていれば、それは薄くなった。
自分で書いて公開する小説に、身に余る程の感想をもらい。
毎日続けていくうちに気が付いた。
それこそ上には上がいるけれど。
それがなんだと言うのだろう。
私だけの物語、私だけの主人公。
例えばそれを、駄作だと笑われても。
……これは私だけのものだ。
履き違えていた。
人より優れていなくてはいけないと思うから苦しかった。
"私だけ"を求めてしまった。
手を伸ばせば、見渡せば無限にある色も、匂いも。
私だけの表現で。
いくらでも、私だけのものに出来るのだ。
皆はどうだろうか。
俺の記憶はどちらかと言えば、辛いものばかりが鮮明に残っている。
親に初めて手をあげられた日。
飼ってた犬が首輪を外して駆け出した背中。
恋人に別れを告げられた日の青空。
そのどれもがもう遠い昔なのに、色も匂いも思い出せる。
根っからのマイナス思考がそうさせるのか、片手で足りるくらいの幸せな出来事は、反対に朧気だ。
チラチラと舞い戻るその記憶が煩わしく、それでいて忘れたら俺じゃなくなる気がしている。
多分俺という人間を作りあげたその記憶は、忘れてはいけない物なのだろうと思う。
明日から上書きされる新しい記憶が、穏やかであればいいとは……思っている。