たまには
たまにはゆっくり、
丁寧にお茶を淹れて飲もうと、
お茶関係が入っている引き出しを開ける。
少し、指が迷う。
慎重に、プリンス・オブ・ウェールズの
ティーバッグを取り出す。
彼女が教えてくれた銘柄だ。
湯気とともに途端に、
上品な香りと穏やかな渋み。
今の私には、
そう頻繁には買えないお値段の、お茶。
彼女とは、絵の教室で出会った。
当時二人とも高校生で、
彼女は真剣に芸大を目指していた。
かたや私は、もう絵は趣味でいいかなと
惰性で通っていた。
そんなある日。
今日も石膏デッサンに明け暮れて
げんなりしていたら、彼女と目が合った。
にやり、と口の端を引き上げて笑う彼女。
携帯が震えて、私も震えた。
「サボろう。カフェ、行こう」
そこで私たちは、喋りまくった。
学校の愚痴、教室への不満、家族の悪口、
将来への、不安…。
プリンス・オブ・ウェールズの紅茶を
飲みながら。
そこから二人の距離は縮まって、
親友に…とはいかなかった。教室に行くと、また、なんとなく距離ができ、
結局彼女はレベルの高い芸大に進学し、
私はなんちゃって芸術系の専門学校に
進学した。
彼女も、今どこかで、
紅茶を飲んでいるだろうか。
温かなカップに手も心も
ほっこりと癒されて、肩掛けにくるまって。
連絡先もわからない、
何をどこでしているかもわからない、
そんな友人をときどき思う。
たったひとつの希望
「お前、
私のサポーターになってくれないか?」
そう言ってマキは、
階段の上から逆光で、振り返った俺を
見下ろした。
ご丁寧に、腰に手を当てている。
「は、」
俺は流行りのネットミームのネコの顔に
なった。表情は、?、
意味は、何言ってんだお前、だ。
「サポーターだ。私はマキ、勉強はできる。
が、勉強以外のことが全くできない。
1限目が終わったら、
次の教科は何を持ってどこに行けば
よいのか、課題はなんだったのか、
どこを当てられるのか、
さっぱりわからない。
別に手を引いてもらわなくていよい、
言葉とか地図を示してくれたらよい、
LINEを使えばというものも、
Googleカレンダーを使えばというものも
いるが、私はそもそもケータイを
持っていない」
マキは喋り続けた。
…こいつよく大学まで進学できたな。
「あ、家でのことは家族というサポーターがいるので大丈夫だ。お前には構内で、
英語のサポートをしてもらいたい」
一呼吸おいて俺は聞いた。
「それって、俺にメリットは?」
「特にない」
「ない…」
「しいていえば、私が夢を叶えるのを
特等席で見れる、ことだ」
「夢?」
「私の夢は、将来自分で自分だけの
AIサポーターを作ることだ。
今でもある程度できるものはあるが、
私はこんなだからバイトもできないから、
お金がない。自分で作るしかない。
それが私の、たった一つの希望だ。
そして、もう一つの夢は、女の子の友達を
作ることだ」
「は、」ネットミームネコ、再び。
マキは少し恥ずかしそうにいった。
「私は昔からとことん女の子に嫌われてな。やれサポーターと称して男子をはべらしているだの、話し方が痛いだの言われて、
女の子の友達が一人もいないんだ。
サポーターは男子ばかりだ」
ちょっと胸にきた。
「お前、名前は?」
「コテツ」
「コテツ、か。よろしく、コテツ」
「ところでマキ、人のことをお前って
言わないほうがいいぞ」
「そうなのか?ありがとう、教えてくれて」
階段から降りてきたマキは笑顔で
俺と握手した。
俺のちょっと変わったキャンパスライフが
始まった。
列車に乗って
…ここはどこだろう。
柔らかくもそっけない座席。
目の前には鏡のようなものがあり、
自分の不安そうな顔が写っている。
耳がキンとなって、漸くここはトンネルの中とわかった。列車に乗っている。
かなり長いトンネルだ。前から後ろに向かっているのだが、落ちているような感覚。
不思議の国のアリスもかくもありなん。
前方が明るくなって、
トンネルの出口が見えてきた。
そうだ、切符。切符を見れば
目的地がわかる。ポケットを探る。
そこでわかったが、携帯も財布もなかった。
なぜか二つ折りの使い捨てマスクだけある。
右尻ポケットに切符を見つけた。が、
「なんだこれ」
出発地は自宅の最寄駅。
目的地はモザイクがかかっているのか
ぼやっとしている。老眼か?
目を凝らすと
何かわからない字で書いてあるのがわかった。
そんな漢字は知らない。
と思っているうちにトンネルを抜けた。
ここは、いや、そんなわけはない、
だってあの駅は、駅は…
「廃線になったのに」
実家のあった町の、
廃線になったあの駅だった。
遠くの街へ
あの日夢見た街に住んで居る。
ライブ参戦の度、上京した街。
この街に住めば、毎日のように
ライブハウスにでも、映画館にでも、
美術館にでも、通い放題だ!
そう思った街。
懐に飛び込めない街。懐に飛び込まない街。
愛しているふりをする街。
愛されているふりをする街。
棄ててきた町が有る。
好きな店や、お気に入りの風景、
仲の良い人達も居た。でも。
「愛」も「情」も感じられない人が居た。
それを他の人達は「家族」
と言うのだと教えてくれた。
「女は三界に家無し」意味は違うけれど、
まさにそんな感じだ。
街には馴染めず、町には戻れず、
私はどこでもないここでいつまで待てば良いのだろう。
女は三界に家無し
女は、幼少のときは親に従い、嫁に行っては夫に従い、老いては子に従わなければならないものであるから、この広い世界で、どこにも安住できるところがない。三界は仏語で、欲界・色界・無色界、すなわち全世界のこと
ネットより引用
現実逃避
キエテナクナリタイ
命を絶ちたいわけではない
ただ、この場から
初めからいなかったかのように
どこから間違ったのだろう
出産?
結婚?
引越?
就職?
卒業?
受験?
入学?
誕生?
平行世界のわたしを探す
あのとき どんな選択をしたなら
間違わなかったのか
そう思いながら
キャベツを刻む
人参を刻む
玉ねぎを刻む
玉ねぎを刻む
玉ねぎを刻む