ことり、

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たまには


たまにはゆっくり、
丁寧にお茶を淹れて飲もうと、
お茶関係が入っている引き出しを開ける。
少し、指が迷う。
慎重に、プリンス・オブ・ウェールズの
ティーバッグを取り出す。
彼女が教えてくれた銘柄だ。

湯気とともに途端に、
上品な香りと穏やかな渋み。
今の私には、
そう頻繁には買えないお値段の、お茶。

彼女とは、絵の教室で出会った。
当時二人とも高校生で、
彼女は真剣に芸大を目指していた。
かたや私は、もう絵は趣味でいいかなと
惰性で通っていた。

そんなある日。
今日も石膏デッサンに明け暮れて
げんなりしていたら、彼女と目が合った。
にやり、と口の端を引き上げて笑う彼女。
携帯が震えて、私も震えた。
「サボろう。カフェ、行こう」

そこで私たちは、喋りまくった。
学校の愚痴、教室への不満、家族の悪口、
将来への、不安…。
プリンス・オブ・ウェールズの紅茶を
飲みながら。

そこから二人の距離は縮まって、
親友に…とはいかなかった。教室に行くと、また、なんとなく距離ができ、
結局彼女はレベルの高い芸大に進学し、
私はなんちゃって芸術系の専門学校に
進学した。

彼女も、今どこかで、
紅茶を飲んでいるだろうか。
温かなカップに手も心も
ほっこりと癒されて、肩掛けにくるまって。

連絡先もわからない、
何をどこでしているかもわからない、
そんな友人をときどき思う。


3/5/2024, 5:07:37 PM