理想郷
「我々は、この現代に
真の理想郷実現のために、
日々精進しております!
そんな我々のために、どうかどうか
あなた様の浄財をご寄付ください!」
駅前で声を枯らしてこう主張する彼。
我々、という割にいつも1人だ。
人々はそんな彼の脇を見向きもしないで
すり抜けていく。
彼の考える理想郷。人々は美しくたおやかで、争い事や醜い嫉妬も知らず、動物や植物とも助け合って暮らしている。
彼はこう呼ばれている。
理想狂、と。
懐かしく思うこと
「ちょっと!
なに人の提出ノート読んでるのよ!」
自室の扉を開けるなり、
私は怒り狂って叫んだ。
ノートには、
私と担任の先生との日誌が書いてある。
今日は何々を頑張りました、程度だが、
母に読ませる前提で書いたものではない。
母は、びくっとし、泣き出しそうな顔を
歪めて言った。
手にはノートを持ったままだ。
「だって、お前、学校のこと、
全然話してくれないから、心配になって…」
今でもそのときの母の顔、口調を思い出すと胸がちくりとする。母なりに心配してくれたのだろう。ノートを盗み読む前に、私に
普通に聞けばいいのにと思うが。
胸の痛くなる、懐かしく思うこと。
もう一つの物語
このタイトルで浮かんだのは、
「はてしない物語」
ミヒャエル・エンデの小説でのこの言い回し
けれどもこれは別の物語 いつかまた 別の時に話すことにしよう
面白そうなエピソードの後ろにつけて、
話を本筋に戻す
子供に読ませたい本は、
同じ作者の「モモ」や、
ジュール・ヴェルヌの
「海底二万里」の続編ともされる
「神秘の島」
いいよねえ…
「おいA!お前、
カセットデッキまだ持ってたよな」
と、Bからのライン。
「持ってるけど…何」
「小さい時に録音した、幽霊の声の入った
テープが出てきたんだよ〜」
「なんだそれ…」
というわけで、俺のうちにBが来た。
例の(霊の?)テープを持って。
せっかくだから部屋まで暗くして、
再生ボタンを押す。
…ニャーン、ニャーン
え、なんかそれっぽいし。
しかし、延々と猫の鳴き声が続く。
「B、何これ」
と横を向いて俺は固まった。
暗がりの中で、Bは静かに泣いていた。
「…これ、おはぎだ。おはぎの声だ」
「お前の飼ってた…?」
「俺、今はもう無い、初めてのラジカセ
買ってもらえて、嬉しくて、
何か録音しようと思って…
そしたら変なノイズ録れて、
消そうと思って、近くにいた
おはぎの声録って…タイトル変えるの忘れて
幽霊の声って、おはぎごめん、ごめんな」
俺は無言で停止ボタンを押して、
部屋の電気をつけた。
Bは泣き止んで、
「A、ありがとう」と言った。
俺は、
「もしかしたらおはぎは、
幽霊の声のタイトルの方が、
お前が食いつくから、
ずっと待ってたのかもしれないな」
と言った。
Bがまた泣き出しそうになったので、
慌ててティッシュの箱を探した。
「あらまあ今日は寒いから、
お紅茶淹れようねえ」
そう言って義母は、
いつも美味しいお茶を
淹れて迎えてくれた。
茶道を習っていたおかげなのか、
紅茶でも煎茶でも、義母の淹れるお茶は
何でも美味しかった。
ちなみにその茶道は、
足が痺れるからと辞めてしまったのも
天然エピソードのひとつだ。
天然で、いつも笑顔で、周りに愛され助けられる義母。
対照的に、実母を思い出す。
友達は数えるほどで、条件付きで人を愛し、
助けなど拒む実母。
この2人が私の人生に
居る意味は何なのだろうか。
そんなことを思ってると紅茶が冷める、
早く頂こう。美味しいうちに。