親友と日付が変わる直前まで電話し、7日と14日のことを相談した。
自分から7日を取り付けたのなら、藤堂にキャンセルの連絡はした方が良い。それで返信が特に来なければ終われる。筋を通したい彼女らしいアドバイスだ。
14日には八木橋との2回目が待っている。藤堂の時のように、相手の言動が理解できずに不快にさせてしまったら…?いや、伝えたら重いとか面倒に思われるのでは…?
彩子は、自身の特性について事前に伝えるべきかも悩んでいた。
「言ってていいんじゃない?あと、今はあなたとだけやり取りしてるってことも、さりげなくなら」
八木橋は誠実で保守的だ。自分がまたやらかしても、その理由が分かっていればゆっくり話してくれるかもしれないし、そんな気遣いをしなければならない相手とは関わりたくないと思われるかもしれない。
次は彼からも多少は話を振ってくれるだろうか。彼の恋愛観についてもう少しだけ踏み込めるだろうか。
彼はどうして、私とまた会いたいと思ってくれたのだろうか。
『納品した物に不具合が見つかってめっちゃ残業しちゃいました…今帰ってきました』
八木橋から遅めの返信が 来ていた。彩子が振っていた話題への返答に、返信が遅れた理由を自ら添えていた。
私なんかのために、無理しなくても良いのに。彼の律儀さを、彩子は愛おしいと思った。心臓は穏やかに動いている。
【心の深呼吸】彩子12
職場と駅を繋ぐ道にはイチョウの葉の残骸が散らばり、踏み潰された銀杏の独特な臭いが時折鼻を掠める。
この落ち葉が綺麗さっぱりなくなる頃にはきっと、親友は愛する彼と共にこの地を旅立っている。
11月に控えた分、12月は立て続けに男と会う予定を入れていた彩子だったが、7日についてはキャンセルの選択肢すら浮かんでいた。LINEのやり取りが激減した藤堂とこれ以上デートを重ねることに、何の価値も見い出せない。彼が語れそうな分野の話題を振って、適当に共感や浅い質問をするだけ。向こうもつまらなさを感じているに違いない。
自分から指定した日付だったから、それを反故にするのは余計に気が引けた。彼女の送別会が入ったことにするしか妥当な理由が見つからなかった。
幸い、藤堂には親友の存在を話してはいる。これで代替案を提示せずにフェードアウトすれば、よほどの鈍感でない限り察するだろう。
彩子は親友にLINEを送った。
『お疲れ様です』
『ちょっと相談がありましてね、電話してもよろしくて?』
1時間ほど経って返信が来た。
『すまん、ライブ行ったら風邪ひいたので寝る』
『明日に延期させてくれ』
土下座するキャラクターのスタンプがついてきた。
『大丈夫、明日もダメそうなら言ってくれ』
彼女とやり取りする時、彩子はどれだけ時間が空いても悩むことはない。いつかは返してくれる、電話に応じてくれるという確信があるから。
そして八木橋の文面にも、同じような気持ちを微かに抱き始めていた。同時進行していないとはいえ、彼はとても律儀だ。残業が常となっている中でも、出勤時間・昼休憩・退勤後のどこかで返事が来るし、言葉少なでも会話を続けようとしている。
よくよく考えれば、彼から誘いが来るまで一週間ほどLINEが途絶えていたのだから、多少間があっても構わないのだ。また話が途切れて、こちらから突然話を振り直したとしても、きっと彼は何らかの言葉を返してくれるはず。その安定感が心地よく感じられた。
【落ち葉の道】彩子11
『やることたくさんあるとすぐ時間過ぎてしまう感じがしますよね。暇な時の落差がすごいです』
八木橋から返信が来た。
彼の昼休みが始まって15分、彩子の質問への返答に添えられた、共感を示す文面。欲張りなのは分かっているが、少し物足りなさを感じた。
アプリでやり取りしてた頃みたいに、もっと質問してくれてもいいのに。
奥手な彼のことだから、相手のプライベートにズカズカと踏み込むことはしないのだろうか。それとも、単に興味が失せているだけなのか。
【見えない未来へ】彩子9
八木橋も藤堂も、最初と比べて明らかに反応が鈍くなった。話が行き詰まった時に自分語りをしてしまうのは、彩子の悪い癖である。
雑談は文面でも対面でも苦手だ。 12月の会う日まで、具体的な時間と場所を決める以外に、どうやって間を持たせれば良いのか分からない。男性は元からLINEを連絡手段としてのみ使う人が多いという。それは彩子も同じで、親友や両親、職場の人と会う予定を立てるか、相談するためだけに使っていた。
先週末親友と会った際、途中で彼氏も合流し、彩子はようやく面と向かって挨拶できた。
彼氏の地元は八木橋と同じだった。彼氏が過ごした場所について色々聞き出し、スマホでメモを取った。
実際に会えた日まで取っておきたい話題だったのだが、そろそろ解禁すべきか。いや、自分ばかりが追っているとバレてしまうのではないか。
朝になった。手が悴んでいる。八木橋からの返信はまだない。
【冬へ】彩子8
あの後、八木橋からは朝のうちに返信が来ていた。内容は短文だった。彩子は昼休みも電話対応に追われ、LINEを返したのは退勤し、買い物を済ませた後だった。
『眠い時に電話来ると噛みまくります笑』
『今日もお仕事お疲れ様です。お忙しいのに話に付き合ってくださってありがとうございます』
雑談は一度終わらせた方が彼の負担にならないかもしれないと、感謝の文面を送った。
適当に作った夕食を口に運びながら、彩子は気晴らしにchatGPTで恋愛相談をした。
『あなたの返信は彼にとって負担になっていません。むしろ好印象です』
スマホの上に淡々と並ぶ評価文。AIに心がないのは百も承知だが、心のブレを抑えてくれた。
日付の変わる1時間半前、LINEの通知音が鳴った。八木橋からだった。
『いえいえ、こちらこそいつもありがとうございます』
『僕もたまに噛むことあります。あいつ噛みよったで〜とか思われてるんだろうな…って思っちゃいます笑』
『今日は家で仕事してたんですが、やっぱり身が入らないです笑』
少しネガティブな彼らしい、軽く自虐を交えた文が返ってきた。
日常報告、男性が自分から話を広げる。恋愛指南の動画によれば、これらは会話を途切れさせたくない意思の表れ、脈ありのサインである。
在宅勤務だったから、少し余裕があったのかもしれない。
私のLINEが少しでも彼の孤独を癒せていればいいな。
彩子の頬は自然と緩んでいた。
【君を照らす月】彩子10