古井戸の底

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職場と駅を繋ぐ道にはイチョウの葉の残骸が散らばり、踏み潰された銀杏の独特な臭いが時折鼻を掠める。
この落ち葉が綺麗さっぱりなくなる頃にはきっと、親友は愛する彼と共にこの地を旅立っている。

11月に控えた分、12月は立て続けに男と会う予定を入れていた彩子だったが、7日についてはキャンセルの選択肢すら浮かんでいた。LINEのやり取りが激減した藤堂とこれ以上デートを重ねることに、何の価値も見い出せない。彼が語れそうな分野の話題を振って、適当に共感や浅い質問をするだけ。向こうもつまらなさを感じているに違いない。
自分から指定した日付だったから、それを反故にするのは余計に気が引けた。彼女の送別会が入ったことにするしか妥当な理由が見つからなかった。
幸い、藤堂には親友の存在を話してはいる。これで代替案を提示せずにフェードアウトすれば、よほどの鈍感でない限り察するだろう。

彩子は親友にLINEを送った。
『お疲れ様です』
『ちょっと相談がありましてね、電話してもよろしくて?』
1時間ほど経って返信が来た。
『すまん、ライブ行ったら風邪ひいたので寝る』
『明日に延期させてくれ』
土下座するキャラクターのスタンプがついてきた。
『大丈夫、明日もダメそうなら言ってくれ』

彼女とやり取りする時、彩子はどれだけ時間が空いても悩むことはない。いつかは返してくれる、電話に応じてくれるという確信があるから。
そして八木橋の文面にも、同じような気持ちを微かに抱き始めていた。同時進行していないとはいえ、彼はとても律儀だ。残業が常となっている中でも、出勤時間・昼休憩・退勤後のどこかで返事が来るし、言葉少なでも会話を続けようとしている。
よくよく考えれば、彼から誘いが来るまで一週間ほどLINEが途絶えていたのだから、多少間があっても構わないのだ。また話が途切れて、こちらから突然話を振り直したとしても、きっと彼は何らかの言葉を返してくれるはず。その安定感が心地よく感じられた。


【落ち葉の道】彩子11

11/25/2025, 2:05:12 PM