ニワトリ

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7/21/2023, 2:00:22 AM

私の名前
 
「しあわせの枝がいっぱい伸びますように~ってつけたの」
 
それを聞いたのはいくつの頃だったろうか。
 
幼い時は自分の名前があまり好きではなかった。周りの女の子の名前が短くてかわいかった。そのまま呼んでも可愛い名前だった。
自分の名前の「最後の文字」がいらないといつも思っていた。
 
思えば、自分に自信がないことを、自分を作る何かを理由にしたかったのだろう。
「自信」の存在なんて気づけない年だったから。
 
今、名前にこだわることはもうない。
それが、成長なのかどうかは分からないけれど、「最後の文字」があるから自分だと言うことができる程度には大人になった。
 
大人になっても、いろんなことを器用にこなせるタイプでもなくて、前に出ていけるタイプでもない。
今はもう自分の子どもに名前をつけてあげることはできなくなったけれど、もらった名前に自信を持つことはできるような年になった。
 
ありがとう。

7/19/2023, 11:47:27 AM

視線の先には
 
「好み」を言葉で表すことは意外と難くて、「どんな人が好み?」と聞かれてもとっさに出てこない。
その場の流れに合わせるなら、当たり障りのないキーワードを並べるか、思い当たる芸能人を挙げる。
でも、実はどれもしっくりきたことなんてない。
 
言葉に表さない「好み」は分かりやすい。
なんとなく、ただ「見てしまっている」から。
視界の中に、意図的に収めようとしているから。
それを好きか嫌いかの2択に分けるのであれば、好きになり、もう少し正しい言葉に近づけると「好ましい」だろうか。
 
どうやって人を好きになったらいいのか、どうすれば好きな人ができるのか。
そんな問いを持っているはずなのに、「好ましい」は存在している。
ほんの少し、大きすぎない集団の中に所属したときにそれは見つけやすい気がする。
 
人を好きになる方法を探しているはずなのに、言葉にしなければそれはいとも容易いのかもしれない。
 
最初から気づいていた。
視線の先にいる「好ましい人」

7/18/2023, 10:39:58 AM

私だけ
 
遠くに聞こえる誰かの叫び声、焦った様子の大人たち。
 
「何があっても声を出してはいけないよ。」
「じっと目をつぶって耳をふさいでいなさい。」
昼間には、笑って頭をなでてくれていた父の真剣な顔に僕は戸惑いながらも、うなづくしかなかった。
母を見上げると、僕に微笑む母の目には涙がにじんでいた。
 
扉を締め切る前に聞こえた母の声。
 
「お前だけは生きて」
 
―僕はこの暗い空間に息をひそめている―
部屋を出た後から、母の声も、父の声も聞こえない。
知らない声と、何かがぶつかるような、壊れるような、そんな音だけが聞こえていた。
 
父の言う通りに。
母の言う通りに。
ただ、耳をふさぎ、目を閉じて、体をこれ以上できないくらい小さくして、じっと黙っていた。
 
(もう出てもいいのかな・・・)

どのくらい時間がたっていたのか、耳に当てたままになっていた手は、自然に体の前で組まれていた。
外は何の音もしない。
 
内側から扉を押そうとしたその時、
 
「これは・・・ひどいな・・・」

知らない人間の声だ。
 
驚いて思わず体をひいたときに、カタンと小さな音を立ててしまった。
 
「誰かいるのか?」
 
その声に、涙がたまる、声を出してはいけないのに呼吸が早くなる。
口を手で押さえても、どうしようもない。
扉が開くと同時に光が見えた瞬間、これ以上ないくらい苦しくなった。
 
「もう大丈夫だ」
 
目の前にいる男の人は僕をみてそう言った。
後ろの誰かに声をかけてから、僕に手を伸ばす。
僕はとっさに体をひこうとしたが、これ以上後ろに下がることはできなかった。
 
「アレン、私の名前はアレンだ。君を助けに来た」
 
そっと、再び伸びてきた手は、気遣うように背中とひざ下に手を入れて外に出してくれた。

僕はその時、身体の力が抜けたことを覚えている。
後ろから来たもう一人の人は頭から布をかけてくれた。
 
「もう少しだけ目を閉じていてくれないか?必ず安全な場所に君を連れていくよ」
 
僕は小さくうなづいて、アレンという人に体を預けたとき、すぐに眠たくなってしまった。
 
完全に眠りにつく前に聞こえた声は、
 
「君だけが生きていてくれた」
 
身体を支える力が強くなったことに気づいて、父は?母は?そう聞こうとしたのに、そこで僕の意識は途切れてしまった。
 
「お前だけは生きて」
「君だけが生きていてくれた」
 
「僕だけ」はいやだよ。
そう答えたとき、目に映ったのは知らない天井だった。

7/18/2023, 7:11:25 AM

遠い日の記憶
 
―パチンー
公園にさしかかる舗装もされていない田舎の道。
通学路の途中、叩かれたのは左側の頬だった。
 
新しく来た転校生の男の子。
幼い私にはそれはきっとカッコよく見えたのだ。
いつ頃からかそれは小さな恋になっていた。
同じ方向の帰り道、別の女の子と後ろをついてうれしさやワクワクがある中で歩いていた。
同じ帰り道で姿が見えることが嬉しかった。
のだと思う。
今では、それを言葉に表してみてもその時の気持ちがはっきりしない。
 
その時、何を言われて叩かれたのか、なんだったのかはっきり覚えていない。
ウザいとか、そんなことだったんだと思う。
その男の子は、叩いてなにかの言葉を残してそのまま去っていったと思う。
 
驚いたこと、痛いこと、恥ずかしいこと、悲しいこと、そうして混ざった感情の結果、
私は一緒にいた友達に対して、涙をこらえながら笑っていたことだけは覚えている。
気にしてないというような、きっと今の自分から見たらそんな風には一切見えないだろう表情で。
 
イヤなことがあっても、きっとうまくはないのに「へらへら笑う」。
それが、そんな早くから身についていたのかと、振り返れば悲しくなる。
 
自分のことなのに、自分の気持ちの表現は簡単にはいかない。
それを、いまも感じている。
そして、それを、いま変えようとしている。