「ここにある」
生きる事に意味はあるのだろうか。
今私達が生きているのは、先人達が生きたからだ。
きっと私達も先人達に習い、自分の生を全うし、死んでいくのだろう。
果たしてそこに意味はあるのか。
この輪廻にいずれ終わりが来るのか、仮に終わりが来るとして、いつか終わるとわかっているものに意味を見出せるのだろうか。
ゴールが見えないマラソンほど疲弊するものは無い。
自分があとどれだけ走ればいいのかわからないなんて、心が折れてしまっても無理は無い。
人生に意味があるのか、というのは人類が抱き続けてきた課題だ。
だが、私はこう考える。
今生きている私達の存在こそが、先人達の生きた意味なのだと。
私達にバトンを渡してくれた先人達のおかげで、私達は今を生きている。
たとえこの先終わりが訪れるのだとしても、先人達の生きた証である私達が、今ここにいる。
そして、この先にも私がバトンを渡す子孫が、未来を生きて、私達の生きた証となってくれる。
少なくとも私達が存在することに意味はある。
私達一人一人が、先人達の墓標なのだから。
「素足のままで」
毎年訪れる海。
新調したビーチサンダルを履いて来たのに、砂浜まで来ると脱ぎ捨てたくなる衝動に駆られてしまう。
プールと違って海は着替えがめんどくさい。水着の中に砂が入るし、体もベタベタになる。
だが、このワクワクは止められない。否、止めてはいけないのかもしれない。
このワクワクが我々人類を、この地位まで連れてきたのだから。
満を持してビーチサンダルを脱ぎ捨て、浜辺に舞い降りる。
が、一粒一粒が熱された鉄のような砂に飛び上がってしまう。
辛うじて辿り着いた波打ち際では、足裏に小さな虫がまとわりつく感覚に寒気を覚える。
結局すぐにビーチサンダルに舞戻るのが、私の毎年のルーティーンだ。
「もう一歩だけ」
もしあの時、俺が勇気を持てていたら、この関係も変わってたのかな。
野球部の新入生歓迎会に来てくれたお前を見た俺は、一瞬で恋をに落ちてしまった。
肩で切り揃えた艶々の髪に、プルプルした唇。
何度も想いを伝えようとした。でも無理だった。
お前との関係性が変わるのを恐れたんだ。
この関係を進めたいと思う反面、今の関係も心地良いものだったから。
今でもお前の事を思い出して、自分の弱さに打ちひしがれるけど、俺は忘れないよ。
お前と挑んだあの夏を、離れれていても俺達は最高のバッテリーだ。
「見知らぬ街」
初めて訪れた街に降り立った時、不思議とその街に既視感を覚えた事は無いだろうか。
物心つかぬ頃だとか、ただ覚えていないだけとか、そんな事は絶対にありえない。
そう言い切れるのに、その街の光景をいつぞやの夢で見た気がした経験が私にはあるのだ。
真偽はわからない。
朧気な夢の欠片を、今見ている風景でツギハギして、夢で見た気になっているだけなのか。
それとも私の前世で訪れた事があるのか。
はたまた寝ている間に幽体離脱でもして、旅行に来たのか。
色々可能性はあるが、私が思うに、当時の私は自分が特別な人間だと思いたい年頃だっただけな気がしてしまう。
「遠雷」
寝室の窓に雨が打ち付ける音に苛立ちながらも、何とか寝付いた一時間後、響いた雷の音で私は飛び起きた。
もう我慢の限界だ。私が何をしたと言うんだ。
ただでさえ明日は月曜日で、憂鬱な気分だというのに。
ぐっすり眠って体調を万全にすることすら許されないのか。
だが、相手は自然現象だ。隣の部屋の騒音とは訳が違う。
怒鳴り込んだところで会話は通じないし、そもそもどこに怒鳴り込めばいいのか。
いくら霊長の頂点に立とうと、人間は自然には無力なのだ。
鳴り止むのを待つか、遠くで響く轟音に慣れるしかない。
文明の利器である耳栓を使う方法もあるが、耳に異物感があるのが気に食わない。
次は壁が厚いシェルターのような物件に住もうか。
いや、やめておこう。家賃がとんでもない額になりそうだ。
数百年後も人類が発展し続けていたら、人類は天候すら操作できるようになっているだろうか。そうなれば便利だろうが、自然に対する情景が失われそうだ。
それは嫌だなあ。
そんな事を考えているうちに、いつの間にか私は眠りについていた。