Question:今一番欲しいものは?
「現金」
「いや、情緒なさすぎだろ!?」
【今一番欲しいもの】
私が私として生まれたときに、一番最初にもらうもの。
名付けられたその日から、私は私になった。
私はやっと私と私以外のものを認識し、私は世界に唯一な存在であると自覚し、そして私以外の名前たちもこの世界にふたつとない唯一な存在なんだと気付く。
私は遠くの景色に思いを馳せながら、生まれたこの世界の尊さを噛みしめた。
【私の名前】
あ──。転んだ。
大丈夫かな。
心配でしばらく眺めていると、絨毯の上に伏せていた小さな身体が、たどたどしく立ち上がった。
良かった。泣いてない。
むしろ、ちょっと笑顔だ。
再び前へ前へと足を動かして、拙い歩きでこちらへとやって来る。
私は今すぐ駆け寄りたい衝動をぐっと我慢した。
私の視線の先で、我が子が真っ直ぐにこちらをじっと見つめている──、ような気がする。
その丸い瞳には何が映っているのかしら。
あなたの視線の先にママが入っていればいいな、なんて、そんな願望を抱きながら、大きく両手を広げたまま、小さな我が子の到着を待っている。
【視線の先には】
私だけのものが欲しかった。
私だけの特別で、私だけを必要とするそんな都合のいいものが。
「そんなもの、この世界のどこにもないのにね・・・・・・」
ベッドに横たわったまま部屋の天井を眺めていた私は、ぽつりと呟く。
「わたしでは・・・・・・、貴女様の特別にはなれませんでしたか?」
傍らからそんな寂しそうな声が聞こえるも、私はそちらのほうを振り向いてやらない。
「ええ、そうよ。お前ではダメだったわ。だってお前は優し過ぎるもの──」
誰にでも分け隔てなく優しいから、お前を私だけのものになんてできないわ、という言葉は辛うじて飲み込んだ。代わりに片手を掲げるように差し出すと、震える温もりがその手を包み込む。
「でも・・・・・・、貴女様はわたしだけの、特別でした」
誰も代わりになんてなれません。そう言った傍らの彼を私はとうとう振り返り、「そう」とだけ告げて控えめに微笑んでから、ゆっくりと目を閉じた。
私だけのものは手に入らなかったけれど、私自身が誰かの特別になれたのなら、この人生も案外悪くなかったわね、と、最期にそんなことを思いながら。
【私だけ】
小学生くらいの頃だった。
友達と遊びに来ていた遊園地で、お気に入りのキーホルダーをなくしてしまったのだ。鞄につけていたはずの物が、いつの間にか飾りの部分だけが外れ落ちていて、慌ててもと来た道を引き返し、注意深く地面に目を凝らしたが見つからない。
もうダメかもと、そう諦め掛けていた時、ふいに視界の端から大きな手が覗いた。見上げるとそこにいたのは中学生くらいの少年で、彼が差し出した手の上には、自分がなくしたキーホルダーの飾りがちょこんと乗っていた。
「もしかして、これ探してるの?」
私が目を丸くしたまま頷くと、少年は「そっか、良かった」と微笑んで、そのキーホルダーを私の手に握らせてくれたのだ。
──あの時の私は少年にお礼のひとつも言えなかったけれど。いま彼はどこでどうしているのだろう。そんな遠い日のことをふと考えていると、ソファーに座っていた私の手を、隣から伸びてきた手に柔らかく握られる。
「どうかしたの? ぼーっとしちゃって」
「ううん、何でもないの。ちょっと昔に行った遊園地のこと思い出しちゃって」
「ああ! もしかして、これで?」
そう言った彼の視線の先にはカラフルな旅行雑誌があり、ちょうど特集ページの『おすすめの遊園地7選』が広げられていた。
「なんか、懐かしいなと思って」
「そっか。俺も乗り物とか好きでよく行ったなぁ」
あの頃にはもう戻れないし、あの頃に感じた思いをもう一度思い出そうとしても、もう手の届かない場所にあるのだけれど。
「それじゃあ今度の休みは遊園地にでも行こっか」
そう無邪気にはにかんだ彼は、私よりも年上であるはずなのにどこか子供っぽかった。私が「うん、そうしよう」と同意すると、彼の手が私の手を握り返す。何故だか遠い記憶に重なるように、懐かしさが込み上げてきた。
【遠い日の記憶】