箸が転がるだけで笑える年頃なんてことを言うらしいけれど、さすがに箸が転がっただけでは笑わないし、笑う前に普通に拾うと思う。
ただ誰かと食事をしていて、ついそれが楽しくて、うっかり手を滑らせては持っていた箸を落とすことくらいはあるだろう。
もしそんなうっかりで箸を転がしても。
それさえも楽しく感じてしまうような誰かと一緒に、食べれるご飯があるならば。
そんな毎日が当たり前にあるならば。
そんな当たり前に満ち足りた日々を、誰もが持ちえるものになれればいいのに。
【日常】
「私の好きな色は何でしょう?」
目の前の彼女からそんな質問を向けられる。
「どうせその日の気分で毎回変わるんだろ」
彼女の性格をよく知っている俺は、この答えを導き出せないだろう不毛な問いかけに、さっさと終止符を打つ。
「君の答えは当たっているけど、正解じゃあないよ」
謎を深めて返ってきた返しに、俺は首を捻った。彼女がふいに微笑む。
「ちなみに今日の私の好きな色は青だよ」
青と聞いて、俺は幾つか考えを巡らした。
確か朝テレビでやっていた星座占いが、彼女の今日のラッキーカラーは青と示していたような・・・・・・?
「それとも、お前が昨日の放課後に買っていたノートが青系だったから? もしやお前が今ハマっている漫画のキャラクターの名前が青山だからか? いや、それか・・・・・・」
「・・・・・・。君はずいぶんと私のことを見てるのに、自分のことには超がつくほど鈍感なんだね」
彼女の言葉に俺は訝しげに眉を寄せる。彼女は「正解に辿り着くにはしばらくかかりそうだから、さっさと学校に行こう」と、俺の左手を取り歩き出す。
俺は先へ行く彼女に手を引かれながら、思考の続きに没頭していたせいで、俺の左手首に巻かれた青色の腕時計を見た彼女が、至極可愛らしく笑ったところを見逃した。
【好きな色】
あなたをこの目に映す時だけ
私は私のままでいられる
あなたの目に私は映らなくていいの
ただ夢に向かって全力で
輝いているあなたが好き
あなたがいたから私は
誰かを応援することが
自分も応援することになるって知った
仕事も
普段の生活も
より良くしようって思える
あなたのおかげだよ
ありがとう
この世に生まれてきてくれて
私の世界を鮮やかに色付けてくれて
本当に─────
推し活ってサイコーだよね☆☆☆
【あなたがいたから】
雨音に閉じ込められた世界で、君とひとつの傘を分け合った。
傘の柄を握る僕の手の、すぐ真横には君の気配。
かつてないほどの近い距離感に、うるさいほどの心音が雨音と混ざる。
君側に傾けた傘の端から僕の肩へと落ちる雫が、籠もる熱ですぐに蒸発してしまうようだった。
湿気が肌に貼り付いて、こんなにも暑くて、心臓だって張り裂けそうなのに、帰り道が終わらないことを願っている。
息苦しい幸せに満ちる傘の下。
僕は話し出すきっかけを模索中。
【相合傘】
何もない四角い部屋に、俺みたいな人間ばかりが大勢集められる。きっとここが最後の場所なんだろうなと考えたら、一気に床が抜け落ちた。
俺も含めた周囲の人間たちが、バラバラと下へ落ちていく。不様な悲鳴を上げながら落下していく者が大半だったけれど、その中で俺の心は奇妙に凪いでいた。行き着く先にはきっと死が待っていると分かるのに、むしろこれでようやく解放されたかのような安堵感があった。
そうか。俺は自分の終わりを、心のどこかで望んでいたのかもしれない。犯した罪は消えないけれど、俺が死ぬことで少しでも償いになるなら、こんな命はいくらでもくれてやる。
俺はゆっくりと目を閉じて、体が叩きつけられるその瞬間を、穏やかな気持ちで待った。
「おめでとうございます」
聞こえてきた明るい声に、ぱちりと目を覚ます。俺は仰向けに寝転んでいた体を上半身だけ起こし、辺りを見回した。
「あなたは当選いたしました」
「当選? 何の?」
「人生をもう一回やり直す権利を与えられたのです」
「・・・・・・え」
俺は耳を疑った。驚愕で表情が歪む。
「いや、そんな権利、俺はいらな・・・・・・」
「では、送り返します。どうか、良い二度目の人生を」
俺の拒否など聞き耳持たず、そいつは上へと手を上げる。途端に俺の体は宙に浮き、元来た道を逆走するように、もの凄いスピードで上昇した。
「うわあああああぁぁぁぁーーーーっ!!」
俺は喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。またあの人生に逆戻りなんて、どんな拷問だと絶望しながら。
生気を失ったように蒼白になった俺は、自分の意思に反してどんどん上へと昇って行く。
まるで無限地獄にでも落下するような心地に、これが本当の罰だったのかと嘆いた。
【落下】