失敗は誰にでもある。
人生は失敗の連続である。
だから、失敗したところで落ち込む必要など・・・・・・ない。そう、ないはずなのだが。
「博士、これで9999回目です。いいかげん、もうやめにしませんか?」
私はもう慣れてしまった毎度の光景に、げんなりとして肩を落とす。
「何を言っているのだ、助手よ。こんな如きでやめるなど発明家の名折れだぞ」
「いや、そんなコントみたいな髪型のまま言われても・・・・・・」
モクモクと煙がのぼる機械の傍らに立った、黒縁メガネを掛けた丸いアフロヘアへ向けて溜息をこぼす。こんなのが世間ではちょっとした天才発明家としてもて囃されているのだから世も末である。
「さあ、助手よ。次だ次。準備に取り掛かってくれ」
「これ、いつまで続けるんですかね?」
「そんなのは、成功するまでに決まっているだろう」
「よくもまあ、9999回も失敗して落ち込まずにいられますね」
「1万回目で成功するかもしれんぞ。その方がきりがよくて響きがカッコイイだろう。それにまだ試してみたいことが山ほどあるんだ。楽しみ過ぎて胸が高鳴ることはあっても、落ち込むことなどあり得んよ」
「・・・・・・そうですか」
私よりだいぶ年上の男性が、眩しいほどにキラキラと目を輝かせている。清々しいまでの無邪気な笑顔でそう言われたら、もう私が何を言っても無駄だろう。
私は次の準備に取り掛かる。世間ではちょっとした有名人であるはずの博士には、助手は私しかいない。うら若き乙女が働く職場としては仕事量は半端ないが、今は辞めようなんてことは思っていなかった。
確かに博士がいま取り掛かっているものが成功すれば、世紀の大発明となる。それを助手という立場で迎えられたなら、私の今後の地位も安泰だ。
「準備はいいか、助手よ」
「はい、博士。いつでもどうぞ」
博士と共に日々を過ごすたび、大きくなるこの胸の高鳴りは、きっとそういう理由なのだろうと、今はそう結論づけた。
【胸が高鳴る】
考えることをやめるな
常に問い続けろ
これは正しいか
いま目の前にあるものは
いま目の前で起こっていることは
正しいと言えることなのか
最も恐ろしいことは
不条理が日常化してしまうことだ
誰かが傷付いている
誰かが苦しんでいる
誰かが泣いている
それがまるで風景の一部みたいに
他の誰の目にも見えなくなった時
ひび割れた亀裂が
いつか大穴となって
世界を闇へと堕とすのだ
【不条理】
背中合わせに君と立つ
私はこっちの道を行く
君はあっちの道へ行く
進む方向は真逆でも
涙なんていらないよ
こんなのは別れのうちにも入らない
君が歩み続けた先には
いつかの私がいるだろう
その私に出会うまで
どうか前を向いていて
私もずっと前を向く
約束しよう
私は泣かないよ
だっていつかの君に出会った時に
泣き顔なんて見せたくないからね
【泣かないよ】
全米中が泣いた。そんな宣伝を掲げた映画が来月に公開するから、一緒に観に行こうと友人から誘われた。チケット代は奢るからという誘い文句に、まあいいかとよく考えもせずに了承し、迎えた約束の日。
「・・・・・・この嘘つきめ!!」
当日映画館に足を運んだ僕は、映画鑑賞を終えた後、すぐさま友人へとクレームを入れる。
「嘘はついてない。全米中が泣くほどの良作だっただろ?」
「ああいうのは泣くとは言わない。泣き叫ぶって言うんだよ!」
嵌められた。完全に罠だった。
いっそ過去に戻れるなら今すぐ自分の行動を止めてやりたい。いやむしろこの隣を歩く友人を亡き者にしてやりたい。
映画館に来るやいなや僕は友人からチケットを渡され、あと5分で始まるからと急かされ、何が何だかわからないまま席に通された。
劇場は満員とまではいかないまでもけっこう混んでいて、やはり話題になっている作品なんだなと、ぼんやりと考えているうちに上映が始まった。
「でもお前、最後まで観たじゃん」
「立てなかったんだよ。腰が抜けたんだよ。察しろよ、そんくらい!」
何と僕が見せられた映画は、僕が大っっっ嫌いなジャンルであるホラー映画だった。
僕は大の怖がりなのだ。ホラーなんてもってのほかだというのに、こいつは何で僕を誘ってきやがったのか。嫌がらせかよ。
「ほら、よく言わない? 自分よりも怖がっている奴が隣にいると、逆に自分の恐怖は冷めるって。俺もそこまでホラー得意な方じゃないからさ、お前がいれば安心かなって・・・・・・」
「ぶっ殺すぞ!」
僕が吐いた物騒な言葉に、友人が愉快そうにケラケラと笑う。その友人の顔を恨みがましく睨み付けていると、僕は後ろから突然肩を叩かれた。
「君、大丈夫?」
振り返るとそこにいたのは、劇場の警備員らしき格好をした中年の男性だった。
僕は彼の問うた質問の意味が分からず首を傾げる。僕の反応に警備員の男性は何を思ったのか、僕と友人の間に割り込み、何故か僕を背にした状態で友人と真正面から向き合った。
「何をしているんだ君。こんな真面目そうな子を捕まえて・・・・・・」
警備員の人からの会話に疑問符が浮かぶ僕をよそに、友人は何かを察知したのか、とても面倒くさそうな顔つきになった。
「映画を観に来たに決まってんだろ。ここをどこだと思ってるんだよ、おっさん!」
「・・・・・・! 何だその口の訊き方は。しかも君はさっきこの少年に向かって、ぶっ殺すだの何だのと言っていただろう」
「・・・・・・いや、あれ、俺じゃねーし」
「君じゃなければ他に誰が言ったというんだね」
「あ、それ僕です」
本当のことなので、迷わず手を挙げる。警備員の男性が、呆気に取られたような表情になって固まった。さっきからこの人は、いったい何をしたいんだろうか。
「・・・・・・あー、そうか。君が、言ったのか」
「はい」
「えっと、それは・・・・・・、彼に無理矢理に脅されて?」
「脅される? いえ、僕がそこにいる友人に向けての、紛れもない本心です」
「いや、無理矢理にぶっ殺すって言わすかよ。むしろ殺意を本心として向けられてる俺のほうが、この場合脅されてね?」
僕らの間に挟まれた警備員は、僕と友人をそれぞれ交互に見つめると、はははと小さな笑いを立ててどこかにいなくなった。
「何だったんだろう、あの人?」
「さあ?」
友人が大げさに両肩を竦めた。友人の耳についている銀色の三連ピアスが重そうに揺れる。
「どうせ暇だったんだろうさ」
金髪に染めたモヒカンヘアーをがしがしと掻いて、「それより何か食いに行こうぜ、腹減った」とぼやいた友人を、僕は掛けていたメガネを上げる振りをして、鋭く睨めつける。
「おい、チケット代だけじゃ、僕の被った被害の足しにならない。昼飯も奢れよ」
「へー、へー、わかりましたよ。まったくお前は根に持つタイプだな。そんなんじゃあ、女の子にモテないぞ」
「馬鹿を言うな。僕は女子と話すのが何よりも怖いんだ」
本当にこいつと来たら、恐ろしいことばかり言う。僕よりも身長が高くて、体格もいいからって、何でも許して貰えると思うなよ。
「お前さぁ、何だったら怖くないんだよ」
「知らん。この世にあるもの、全てが恐怖になり得る対象だ」
「じゃあ、俺は?」
「何でお前が怖いんだよ?」
友人の意味の分からない問い掛けに、僕は眉を顰めた。
「お前は怖がりなくせに、怖いもの知らずだもんな」
友人は何故か楽しげな笑顔を覗かせて、僕の隣でポケットから取り出したスマホをいじり始める。
「おい、日本語おかしいぞ、それ」
僕はやっぱり文句を言いつつも、昼飯は何を奢ってくれるんだろうと、ひそかに胸を踊らせた。
【怖がり】
きらびやかな世界からは程遠い
うらぶれた街の片隅
そこで育った少年はある日
キラキラと輝く小石をひとつ拾った
光る小石は今まで見たこともないくらい綺麗で
少年はすぐにその石が気に入ってしまった
家に持ち帰り空の瓶にしまい込む
まるで自分だけの
宝物を手に入れたような気がした
また別の日
少年は再びキラキラした小石を発見する
また別の日も
また別の日も
同じような輝きの石が
少年が目にする場所の所々に現れた
いつしか小石は透明な瓶をいっぱいに満たす
少年は満たされた瓶を眺めていると
空腹さえも忘れられた
幸せな気持ちにさえなった
そうしてふと少年はあることを思い付いた
少年は小脇に瓶を抱えると
まず母親の元へ行った
少年の母は朝から晩まで働いていて
少年が母親と過ごせるのは
いつも眠る前の少しの時間だけだった
少年は母親へ瓶の中の小石をひとつ渡した
母親は疑問に思う
これはいつも少年が大切そうにしていた小石だ
それを知っていたから
どうしてくれるのか分からなかったのだ
けれど少年は満面の笑みだった
少年は母親だけではなく
母と同じ場所で働く人達にも一つずつ手渡した
貰った人達はみな首を傾げたが
少年はただ嬉しそうに笑うだけだった
そして少年は
次々と人々に小石を渡しに行った
知り合いの老人
たまに字を教えてくれる青年
少年と同じ年くらいの女の子
みんな不思議に思いながらも
少年がくれた小石がとても綺麗だったからか
受け取った後は誰もがみんな笑顔になった
ある者はポケットに入れて持ち歩き
ある者は自分の家の窓辺に飾り
ある者達は互いに見せ合い笑い合う
暗かったはずの街の片隅に
小さな光が溢れ返った
少年は空の瓶を両手で持ったまま
周囲を見渡した
自分の生まれ育った場所が
大好きな人達が暮らす場所が
まるで星空に包まれているみたいに
優しい輝きに満ちている
少年の元にもう小石は一つもなかったけれど
少年の胸にはたくさんのあたたかなものが
溢れていた
【星が溢れる】