Yushiki

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 全米中が泣いた。そんな宣伝を掲げた映画が来月に公開するから、一緒に観に行こうと友人から誘われた。チケット代は奢るからという誘い文句に、まあいいかとよく考えもせずに了承し、迎えた約束の日。

「・・・・・・この嘘つきめ!!」

 当日映画館に足を運んだ僕は、映画鑑賞を終えた後、すぐさま友人へとクレームを入れる。

「嘘はついてない。全米中が泣くほどの良作だっただろ?」
「ああいうのは泣くとは言わない。泣き叫ぶって言うんだよ!」

 嵌められた。完全に罠だった。
 いっそ過去に戻れるなら今すぐ自分の行動を止めてやりたい。いやむしろこの隣を歩く友人を亡き者にしてやりたい。

 映画館に来るやいなや僕は友人からチケットを渡され、あと5分で始まるからと急かされ、何が何だかわからないまま席に通された。
 劇場は満員とまではいかないまでもけっこう混んでいて、やはり話題になっている作品なんだなと、ぼんやりと考えているうちに上映が始まった。

「でもお前、最後まで観たじゃん」
「立てなかったんだよ。腰が抜けたんだよ。察しろよ、そんくらい!」

 何と僕が見せられた映画は、僕が大っっっ嫌いなジャンルであるホラー映画だった。
 僕は大の怖がりなのだ。ホラーなんてもってのほかだというのに、こいつは何で僕を誘ってきやがったのか。嫌がらせかよ。

「ほら、よく言わない? 自分よりも怖がっている奴が隣にいると、逆に自分の恐怖は冷めるって。俺もそこまでホラー得意な方じゃないからさ、お前がいれば安心かなって・・・・・・」
「ぶっ殺すぞ!」

 僕が吐いた物騒な言葉に、友人が愉快そうにケラケラと笑う。その友人の顔を恨みがましく睨み付けていると、僕は後ろから突然肩を叩かれた。

「君、大丈夫?」

 振り返るとそこにいたのは、劇場の警備員らしき格好をした中年の男性だった。
 僕は彼の問うた質問の意味が分からず首を傾げる。僕の反応に警備員の男性は何を思ったのか、僕と友人の間に割り込み、何故か僕を背にした状態で友人と真正面から向き合った。

「何をしているんだ君。こんな真面目そうな子を捕まえて・・・・・・」

 警備員の人からの会話に疑問符が浮かぶ僕をよそに、友人は何かを察知したのか、とても面倒くさそうな顔つきになった。

「映画を観に来たに決まってんだろ。ここをどこだと思ってるんだよ、おっさん!」
「・・・・・・! 何だその口の訊き方は。しかも君はさっきこの少年に向かって、ぶっ殺すだの何だのと言っていただろう」
「・・・・・・いや、あれ、俺じゃねーし」
「君じゃなければ他に誰が言ったというんだね」
「あ、それ僕です」

 本当のことなので、迷わず手を挙げる。警備員の男性が、呆気に取られたような表情になって固まった。さっきからこの人は、いったい何をしたいんだろうか。

「・・・・・・あー、そうか。君が、言ったのか」
「はい」
「えっと、それは・・・・・・、彼に無理矢理に脅されて?」
「脅される? いえ、僕がそこにいる友人に向けての、紛れもない本心です」
「いや、無理矢理にぶっ殺すって言わすかよ。むしろ殺意を本心として向けられてる俺のほうが、この場合脅されてね?」

 僕らの間に挟まれた警備員は、僕と友人をそれぞれ交互に見つめると、はははと小さな笑いを立ててどこかにいなくなった。

「何だったんだろう、あの人?」
「さあ?」

 友人が大げさに両肩を竦めた。友人の耳についている銀色の三連ピアスが重そうに揺れる。

「どうせ暇だったんだろうさ」

 金髪に染めたモヒカンヘアーをがしがしと掻いて、「それより何か食いに行こうぜ、腹減った」とぼやいた友人を、僕は掛けていたメガネを上げる振りをして、鋭く睨めつける。

「おい、チケット代だけじゃ、僕の被った被害の足しにならない。昼飯も奢れよ」
「へー、へー、わかりましたよ。まったくお前は根に持つタイプだな。そんなんじゃあ、女の子にモテないぞ」
「馬鹿を言うな。僕は女子と話すのが何よりも怖いんだ」

 本当にこいつと来たら、恐ろしいことばかり言う。僕よりも身長が高くて、体格もいいからって、何でも許して貰えると思うなよ。

「お前さぁ、何だったら怖くないんだよ」
「知らん。この世にあるもの、全てが恐怖になり得る対象だ」
「じゃあ、俺は?」
「何でお前が怖いんだよ?」

 友人の意味の分からない問い掛けに、僕は眉を顰めた。

「お前は怖がりなくせに、怖いもの知らずだもんな」

 友人は何故か楽しげな笑顔を覗かせて、僕の隣でポケットから取り出したスマホをいじり始める。

「おい、日本語おかしいぞ、それ」

 僕はやっぱり文句を言いつつも、昼飯は何を奢ってくれるんだろうと、ひそかに胸を踊らせた。



【怖がり】

3/16/2023, 3:17:12 PM