《信号》
「なんで、泣かないんだ、なんで笑ってるんだよ」
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
俺に泣く資格なんてねぇんだよ
うるさい、何も知らないやつが口をだすな
あいつが、死んだのは俺のせいなんだ、
俺はあいつに救って貰えたのに俺はあいつを救えなかった
あいつに救難信号に気がついて助けてもらえたのに俺はあいつの救難信号に気が付かなかった
俺に泣く資格なんてない
あるのは、あいつが綺麗だと言っていた顔でいることだけ
笑え、笑え、笑え
あいつへ俺ができるのはこれだけだ。
どれだけ詰られようと、殴られようと、それ以外俺には許さない。
ギィ、ギィ、体の中から何かが軋む音がする。
笑え、笑え、笑え、
腹が立った。
仲がいいやつの葬式でただただヘラヘラと笑っている奴が。
だから、襟を掴んで殴った。
それでもアイツは笑ってた。
だから余計に腹が立って、もう1回殴ろうと腕を振り上げた。
だが、その腕を振り下ろすことは出来なかった。
気がついてしまった。
アイツの目には何も映っていなかった。
ただ、何かを求めるように揺れていた。
空っぽだった。
笑顔にもなんの感情ものっていなかった。
アイツの目からほろりと一筋涙が落ちた。
アイツはそれに気が付かず、ただ笑い続けていた。
《君と飛び立つ》
二人で遠いどこかへ行こう。
俺たちのことを誰も知らないところへ。
その目を見た瞬間に悟った。
これは駄目だ。
彼はもう限界だ。
と。
彼は優秀な子供だった。
優秀すぎた。
彼の周りの大人は、彼自身は見ない。
彼の才能を見る。
彼の両親が亡くなった時。
大勢の人が最初にとった確認は、「彼の頭脳に異常はないか」だった。
彼の両親の葬式の参列者のほとんどは、下心しかなかった。
本当に両親を悼んでいる者など、本当に少なかった。
彼は、精神は普通の子供だった。
ただ、研究で鍛え抜かれた忍耐力だけは卓越していた。
彼はその忍耐力でずっと我慢した。
どれだけ自分が貶められても、家族が出来損ないと呼ばれようとも、周りの人間に裏切られようとも。
彼はずっと耐えていた。
そして、とうとう限界が来てしまったらしい。
彼の目はもう少しで何かの糸が切れて伽藍堂になりそうだった。
彼の元を今訪れた自分を褒め讃えたいくらいだった。
彼に手を差し伸べた。
「お疲れ様、君はもう充分やったよ」
彼にはもうその手を重ねる気力すら残っていなかった。
でも、その目を放って置くことは出来なくて。
彼を彼の入っていた鳥籠から盗み出した。
《終わらない夏》
「暑いなぁ、ハル」
「大丈夫だぜ、また化け物が来ても俺が守ってやっからよ」
1人の長身で金髪の長い髪を緩く束ねた人の良さげな男が、1人の男を背負って声を掛けながら歩いている。
ポタリッポタリッ
何かの液体が滴る音がして、何処からか腐った臭いが鼻を掠めた。
背負っている男の目は、濁っていて一目で正常ではないとわかった。
警察署で、1人の男が取り調べを受けている。
その男は、背中に背負っている死体を、まだ生きているかのように扱っていた。
その男から死体を取り上げようとすると、暴れに暴れて
取り押さえるのに苦労した。
「ハル、ハル、約束したんだ、次にあの化け物が襲ってきても、助けてやるって」
そう、意味のわからないものを延々と呟き、死体の名を呼び、探し続けるその様子をみて、警察は精神鑑定を依頼した。
そして、取り調べを続けること数日。
急に正気に戻ったような真っ青な顔をして、聞くに絶えない絶叫をした。
「あぁぁぁぁぁ」
その声は、署全体に響いた。
「はる」
「はるは死んだ、俺のせいだ、俺がちゃんとしてたら、はるは死ななかったかもしれないのに」
ブツブツとわけも分からないことを延々と呟き続ける。
「はるは俺がころしたんだ」
運の悪いことに、その呟きだけが、刑事の耳に届いた。
結果、自白したと処理された。
ただ、その死体に残る、その死体の内蔵を半分抉りとったような、その大きな爪のような凶器が解明できない謎として残っている。
その男は、証拠不十分で不起訴となった。
その男が精神病院に入院しているときに、見知らぬ2人の青年が訪ねてきた。
その2人は、真剣な顔で男にこう尋ねた。
「何か、この世のものとは思えないような、冒涜的な何かを見ませんでしたか」
その夏は、繰り返される。
冒涜的で混沌としたなにか人智を超えた存在によって。
いつまでも、いつまでも。
《!マークじゃ足りない感情》
好きだよ、大好きだよ、愛してる
毎日、声にならない声を振り絞って叫んでる
どうか、どうか、気づいて欲しい。
この、どれだけ叫んでも足りない思いを!!!
「気がついてたよ、ちゃんと伝わってたよ」
「て、もう聞こえてないかな」
ピーッピーッ
心電図が異常を知らせてけたたましく音を発し、何人もの人間がバタバタと部屋を出入りする騒がしい部屋で
何故か誰にも気にとめられないヒトは、何本もの管に繋がれた目を閉じる男に向かって
「相変わらず馬鹿だね君は」
と毒を吐いて笑った。
《届いて、、、》
どうか届けと希う。
このささやかな願い事が、いつか叶えられるように。
俺は、代々とある一族に仕える家系だ。
俺はそんな自動的に定められた自分の将来が、運命が嫌だった。
生まれついてからずっと、その一族のために様々な教育を受けさせられ、両親の関心は俺がどれだけ一族の役に立てるか。
どれだけ俺が優秀か。
俺は褒められたことがない。
ただ、「役に立て」と言われるだけだ。
両親は俺に興味はない。
誕生日を祝われたことも一度もない。
一族の為に、体術を習い、護身術を身につけ、主の為に死ねと言い聞かせられる日々。
両親に従順だった妹は、その言葉の通りに、幼い時に、一族を反射的に庇って死んだ。
誰もが妹を褒めたたえ、死を悼む者は誰もいなかった。
庇われた一族のゴシソクサマですら、当然だとトウシュサマに玩具を強請った。
俺は一族が大嫌いだ。
一族のせいで、妹は死んだし、誰も俺を見てくれない。
誰も俺が死んでも悼んでくれない。
ただ当然だという目を、賞賛の目を向けて、家の存続に貢献するだけ。
俺はそんなのは御免だった。
俺は道具ではなく、人間になりたい。
俺はただ、命の危機に瀕さずにまともな温かい食事が食べてみたい。
床ではなくて、柔らかい所で眠ってみたい。
物語の本を読んでみたい。
外の世界を歩いてみたい。
誰かと話をしてみたい。
学校に行ってみたい。
自分の全てを話してもいいと思えるような、相手に出会いたい。
どうか、どうか、来世は、この願いを、1度でいいから、叶えてください、神様。