クリスタル
クリスタルといえば中学生のときに読んだファンタジー小説の「セブンスタワー」を思い出す。
サンストーンという光る石の所持によるカースト制度がある世界だ。
主人公の少年タルは父を亡くし、サンストーンを次々と失くす。ついにサンストーンの窃盗を企てるも、うまく行かず、サンストーンのない暗闇の世界で彷徨ってしまう。
そこで出会うのが、もののけ姫のようにたくましいミラという少女だ。
タルは温室育ちのボンボンのような設定だが、ミラに影響され、たくましく自分の運命と向き合い変わっていく。
当時の私はミラの野生の感に深く感動して影響を受けた。
暗闇の世界でどのように昼と夜を把握しているのだろうか?
ミラは自分の心臓の鼓動を数えて時間を感じている。
「慣れれば、できるようになるよ」と軽くタルにアドバイスしていたのが衝撃的だった。
数々の修羅場を乗り越えてきた野生児の強さを感じさせた。
当時の私も自分の心拍数を数えてみたりしたが、1分ももたなかった。どう訓練しても心拍数から時を図ることなどできなさそうで、自分の未熟さに絶望したりするピュアな子どもだった。
夏の匂い
夏が過ぎー、風あざみ、だれの憧れに、さまよう
青空にのこされた、私の心は夏模様
井上陽水の「少年時代」
小学校5年生のとき、毎日聴いた曲。
隣のクラスの担任が変わった人で、毎日自分のクラスの児童たちに歌わせていた。
朝礼と、終礼と、私は一日に2回、年間200日、毎日隣のクラスの少年時代を聴いていた。
その担任のピアノ伴奏は1.2倍速のスピードで、ときどき怒号が飛ぶ。
少年時代でクラスの絆を高めようとしていたのだと思う。
冬になる頃には誰もが真剣に、慣れたように歌いこなしていた。
あのクラスの児童には忘れられない曲だろう。
青春そのものかもしれない。
ところで、風あざみってなんだろう?
カーテン
はじめてのカーテンコールはよく覚えている。
もちろん拍手を贈る側だ。
はじめて観た観劇は劇団四季のミュージカル「ライオンキング」だった。
お金をためて社会人4年目に東京まで一人で観に行った。
もともとディズニーミュージカルが好きで、劇団四季のリトルマーメイドの動画をYouTubeで観て感銘を受けていた。
職場の同僚にその話をすると、ならばライオンキングを1度は観るべきだと熱く勧められた。
観劇に一万二千円、新幹線代や宿泊費も合わせると旅行代金になってしまう。
それでも未知なる感動を求めて休みをつくった。
自分だけの力で観たライオンキングは映画くらいしか知らない私に刺激的だった。
大人だけでない、平日の昼間に子供までもが役者として舞台に立っていた。
草の役まであった。風にそよぐ優雅な草だった。
一糸乱れぬ群舞だった。
田舎育ちの私には全く知らない世界だった。
カーテンコールで挨拶をする俳優さんたちの清々しい笑顔と長年の努力を滲ませる謙虚な佇まいは凡人の私には真似できない。
全く知らない人生を歩んできた俳優さんたちの一挙一投足をこの目に収めたくて、自然と席を立った。
拍手を続ければ、閉じたカーテンがまた上がる。
痛くなるほど手を打った。
まだ、観ていたい。
ありがとう!
あのカーテンコールは一生に1度だけ。
青く深く
ターコイズブルーが好きだ。
小学生の頃はピンクが好きだった。
あまりブリっ子に思われたくなかったから、次はオレンジを好きになった。
オレンジは元気印で私のなりたいイメージだった。
次はクールに憧れて水色を好きになった。
高校生になって緑の落ち着いた色に惹かれた。
私のイメージカラーな気がした。
ちょうど、上橋菜穂子の獣の奏者のアニメにはまっていて、緑は聡明なイメージがあったのも影響している。
大学生になって、自分の世の中での立場を意識するようになった。
私には何ができるのか?何者なのか。
挑戦するためのエネルギーが必要だった。
青が私に元気を与えてくれる。
緑と青が混じったターコイズブルーを身に付けたくなった。
インターネットでターコイズのブレスレットを購入して毎日身に付けるようになった。
私は、好きな色を身に付けると元気をもらえる類いの人間だ。
やっとターコイズブルーが自分の好きな色として定着した。
大人になった今、ターコイズのブレスレットを身に付ける日は減っている。
青が深くなると黒くなる。深海の色だ。
その境地は一体なんだろうか?
夏の気配
ゴキブリがそろそろ出そうな予感がする。
予感というものに根拠はないが、たとえばなんだろう。
食事の放つにおいがにわかに濃くなってきた気がする。
食べたあとの食器にのこるにおい。
自分の身体のじめっとした感じ。
ゴキブリが来るのではないだろうか?
気温が高くなるので、開け放つ窓もある。
侵入経路を作ってしまっている。
私はゴキブリが大の苦手だ。
得意な人というのもいないと思うが、私ほど毛嫌いする人はそんなに多くないと思う。
目に入って認識した瞬間、手に持っているものをすべてを放り捨てて、守ってくれる家族のもとへ全力でかける。
家族はみな、ゴキブリよりあんたの声に驚いたと言う。
あの黒光の恐怖からゴキブリが出た場所へは、しばらく家族の付き添いが必要になった。
家族は共生の道を選んだ。
私はそれに酷く絶望した。
だから去年の夏は意を決して薬局で駆除品を購入した。
イラストに身震いして摘まむようにしてレジに持っていった。
店員さんの目を憚らず、半目で商品を摘まんで家まで持って帰った。
家の中の設置場所は私が指示して両親に頼んだ。
居心地の悪い、我が家が我が家じゃないような夜をしばらく過ごし、やっと犯人が捕まった。
駆除品を設置した2週間後の朝だった。
毎日、父親に確認を頼んでいた。
スマホの写真越しに個体と死亡の確認をした。
私が絶叫したゴキブリの個体で間違いなかった。
職場で聞いた話によると、外から侵入したいわゆる「外ゴキ」は大きな個体らしい。
小さくて数の多い「内ゴキ」が出ると最悪らしいという話を耐えきれず愚痴をこぼした職場で教わっていた。
写真越しに確認した個体はどうやら外ゴキのように見えた。
繁殖して他に複数体いる可能性はいくらか低い。
少しずつ、我が家であることの感触が戻り、私の心は静まった。
夏から秋に変わろうとしていた。
1年たってやっと信頼を取り戻した我が家であったが、最近は食事のにおいと開け放つ窓に夏の予感を感じている。
今年もまた出会うのかもしれない。