『願いが1つ叶うならば』
「大丈夫ですか?」
夕暮れ時、喧騒の駅構内。雨に濡れた靴を滑らせ、転んだ私を心配して男性が声を掛けてくれた。…あ、はい、と答えながら慌てて立つと、紙袋の中身が見事に散乱している。
「手伝います」
またも救いの手を差し伸べる男性に申し訳なさと派手に転んだ恥ずかしさで、落ちた物を拾い集めながらどうでもいい事を喋りまくった。
「そうですか、県外から出張で。帰るまでにまだ時間が掛かりそうですね。お気を付けて」
そう言う彼にお礼を言うと私は新幹線に乗り込んだ。が、何故か気持ちが落ち着かない。
突然、あっ…と思い出した。ホクロだ!
彼には首元に3つ並んだホクロがあった。
それは昔見た写真の子とそっくりの。
私が生まれて間もなく離婚した母。幼い頃から、明るい母が時々隠れて悲しげに見ている写真があることを知っていた。
『雅也 三歳』と裏に書かれたその写真は首元に3つホクロが並んだ男の子が写っていた。聞いたことは無いけれど、何となく感じる自分の兄の存在。もしかして、さっきの彼は…。
神様、今度私はまたあの駅に行って来ます。どうしても彼に会って話しがしたいのです。なのでお願いです。もう一度、どうかもう一度、彼に会わせてください。
『秘密の場所』
休日の早朝、まだ寒い中車を走らせる。山際の小高い空き地まで約10分。車を降りて見下ろすと、まだ雪が残るたな田に今日もエサを食べる白鳥がいた。
こんなに白鳥を間近に見られる場所が近くにあるとは。
ここを見付けて以来、私は休みの度にこの場所へ通い続けていた。
ところが今日の白鳥は何かが違った。いつもより数が異常に多い。50羽…いいやまだそれ以上いるだろうか。そして皆鳴きながら何故か一斉に右を向き、一例に並び始めた。
突然、先頭の5羽が助走をつけて勢いよく飛び立った。
5羽は上空でぐるりと旋回すると、綺麗に等間隔を保ちつつ遠く小さくなっていく。それに続く様に残りの白鳥達も5〜10羽のグループで次々に飛び立つ。
やがて最後のグループが舞い上がると、暫く空から鳥達の、この地を離れることを名残り惜しむ様な声が響いた。
私は白鳥達を見送りながら、これからの旅路の無事を願った。
『約束』
定時に仕事を終え、駅までの道を歩く。まだ明るさのあるこの時間、ただ真っ直ぐ家に帰るだけでは何だか勿体ない。が、だからと言って行きたい所がある訳でも無い。気持ちを持て余したまま自分のとった行動は、右に折れていつもの東改札には向かわず、駅前広場をぐるり半周して西改札に来ただけだった。
何してんだろう…。
何の意味もない行動に我ながら呆れる。
すると突然、後ろから声が掛かった。
「遅くなってごめんね!それにわざわざ西改札まで来て貰って…。どうもありがとう」
振り返ると先月、偶然駅で会った友人が立っていた。
『久しぶりだね。今度一緒に食事に行こうよ。3月5日の午後6時、駅の西改札前に集合ね』
そう言って別れ、今日がその約束の日だと今気が付いた。
……あ、だ、大丈夫。私も今来たばかりだから。
何処に行こうかとふたりで歩き出す。友人の話しに笑顔で相槌を打ちながら、頭の中は自分のとった不思議な行動に大パニックをおこしていた。
『芽吹きのとき』
暫く暖かい日が続き、庭の雪も隅に残るだけになった。田舎の庭は無駄に広く、雪解けから徐々に元気になる草対策が今年も始まろうとしていた。
「そんなの除草剤でもまけばいいじゃない」と友人が言う。確かに薬を使えば一気に片付くだろう。けれど全部を取り除きたい訳ではなく、残すべき所は残したいのだ。
昔から家の陰に生えるふき。
それを周りの草を取りながら地道に増やしてきた。5月頃採れるふきを待つ間、その地下茎から可愛い芽が顔を出す。
今年はふきのとうがどれほど採れるだろう。沢山採れることを期待しつつ、今から収穫の日を楽しみにしている。
『君と見た虹』
「おっきなにじがでてる!」
休日、家族4人でドライブをした帰りに虹を見付けた結菜は、驚きと感動で大声をあげた。その虹は今まで見たものとは比べものにならない程色鮮やかで大きかった。
きっと皆で一緒に見たことも嬉しかっのだろう、小学生の兄から虹の7色を教えて貰った結菜は、それ以来お絵かき帳にあの虹の絵ばかり描くようになった。
「ママー、見てー!」
手渡された紙には今日もはみださなんばかりの弧を描く虹。そしていつものように結菜が言う。
「ゆなが赤でママはオレンジ、おばあちゃんは黄色でおじいちゃんが緑、おにいちゃんは青で濃い青がパパ、ねこのまるは紫!」笑顔でうんうんと聞きながらふと気付く、一番下に初めて見るピンク色の虹。
結菜にこれは?と尋ねると「モモちゃんなの」
一年後、新たな家族が増えた我が家。
結菜は生まれた妹をとても可愛がっている。