水晶

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12/3/2024, 8:17:32 AM

『光と闇の狭間で』

明るかった視界が徐々に暗くなっていく。その狭間に浮かぶ赤い丸が一つ。あれは一体何だろう?

「紹介状を書くので専門の病院へ行ってください」
母の転院が決まり、私の生活は一変した。元々運転嫌いの私の生活圏内はせいぜい車で片道20分。それなのに今度の病院は片道でも2時間以上掛かるらしい。どうしよう…と知人に相談すると「病院までは一本道だし、途中バイパスにも乗るから大丈夫」と簡単に言う。その高速並みのバイパスが怖いんだって…と、もう言う気力も無く私はただただうなだれた。

3年前はそんなだったな…と、ふと思い出す。最初こそガチガチに緊張していた運転も、回数をこなす度に慣れていき、今ではバイパスも苦も無く運転出来る様になった。
今も病院の帰りで丁度バイパスを降りた。後は国道を走るだけ。今日も疲れたな…と思ったところで突然意識が遠退いた。

暗い中、赤い丸が近づいてくる。自分の頭上に差し掛かった時、ハッと我に返った。それが信号の赤だと気付いた私は慌てて急ブレーキを踏んだ。

11/30/2024, 7:47:27 AM

『冬のはじまり』

朝からガタガタとお隣の加藤さん家から音がする。私は何だろうと思いながらもこたつにあたりながらミカンを食べていると、今度はジャージャー水を流す音が聞こえてきた。
あれ?今日ってもしかして12月1日?

数年前の今日「キミちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど…」と、突然加藤さんの奥さんが訪ねて来た。何でも娘さんが窓掃除用にと買ってきたスクイジーを「水が綺麗に切れる!これは便利だ!」と加藤さんがいたく気に入り、もっと窓を磨きたいと駄々をこねていると言う。「良かったらキミちゃんの所をやらせて貰えないかしら?」

願ってもない事に、いいんですか!?と返すと直ぐに加藤さんがやって来た。嬉しそうに窓掃除をして以来、毎年冬の始まりには加藤さんが我が家の窓を磨いてくれる様になった。
外からコンコンと合図が来た。窓を開けて今日もお願いしますと挨拶すると、加藤さんは笑いながら任せとけ!と言わんばかりに手に持ったスクイジーを高く上げた。


11/19/2024, 6:07:49 AM

『たくさんの想い出』

会社の良子さんは黒髪の素敵な10個上の大先輩。最近何かの写真をスマホで見ている姿をよく見掛ける。何の写真ですか?と尋ねると「あなたには見せても大丈夫かしら…」と言いつつ、チラッと見せてくれた画像には茶色い紐のような物が写っていた。何だろう?と不思議がる私に良子さんは「じゃあ、夜、家に見に来る?」と誘ってくれた。

家に上がると「こっちこっち」と奥の部屋から声がする。初めて入る奥の部屋には、渡した物干し棒に薄茶色の紐が沢山掛けられていた。長さ約1mの紐は、遠目にはのれんの様に見える。「大事なものだから絶対に触らないでね」と言われ近づくと、それが全部ヘビの抜け殻だと気付いた私は後ろへ飛び退いた。

驚く私に良子さんは一番左を指さし「これは小さい頃祖父と一緒に山へ行って偶然見付けてね」縁起物だと言われ持って帰ったのが始まりで、これは翌年田んぼで、これは翌々年に道端で…。見付けた時のエピソード付きで並んだ順に抜け殻の想い出話しは夜通し続くのだった。




11/17/2024, 7:35:31 AM

『はなればなれ』

「各自準備が出来次第、ダイブ開始!」
上空5000mの雨雲の中、漂う水蒸気を我先に取り込み雨粒となったものから地上目掛けて落下する。あるものは山へ、あるものは田畑へ、あるものは街へ。行く先は様々だ。

「ねえ、おじさん。ボクはこれからどうなるの?」
小粒が不安気に私に聞いてきた。
「おや、雨になるのは初めてかい?君はこれから大きな雨粒になって下界の何処かに落ちる。」
「そこにおじさんはいる?」
「さあな。ここにいる粒達は皆、下に落ちて一旦はなればなれになる。だが川を伝って海へ行き、そこから空に戻ってくるんだ。また皆に会えるよ」

「本当に!?」
小粒が嬉しそうに言った。
「…さて、私はそろそろ準備が整ったようだ。雨になったから先に行くよ。」
私は小粒を残して下界へと落ちて行った。

11/16/2024, 8:07:52 AM

『子猫』

アパートの敷地に、時々白い子猫がいる。ここは動物禁止の建物なので誰かの飼い猫とは思えないが、徐々に大きくなっていく様子や、野良の割に毛艶が良い姿を見ると、誰かが隠れて世話をしているのは一目瞭然だった。

ある日の仕事帰り、アパートの駐車場に着くと隅の方に誰かがうずくまっているのが見えた。近づくと私の気配を感じておじさんが驚いて立ち上がった。足元にはあの白猫がエサを食べている。無言で猫を凝視している私におじさんは言い訳がましく「この前世話になったから…」と言って去って行った。
何を言っているのか。世話をしているのはあなたでしょう。少し怒りを感じなから眠りについた私は翌日、その意味を知ることになる。

朝7時、いつもの様に車に乗り込むと目の前に進路を塞ぐように白猫が座っているのが見えた。暫く待ったが猫は全く動く気配が無い。仕方がないので車から降りると、私は何かを踏みつけた。あ、財布だ!
私がそれを拾いあげるのを見届けると白猫は何処かへ行ってしまった。
『この前世話になって』
おじさんもきっとこの白猫に助けられたのだろう。
そして他の人達ももしかしたら。
私は帰りにキャットフードを買ってこようと心に決めた。

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