『哀愁を誘う』
駅裏の細い路地を曲がると小さな骨董屋がある。会社と駅との往復に、少し遠回りしてこの店へ寄るのが私は好きだった。硝子越しに中を覗くと壺やら招き猫やら古い物が所狭しと並んでいて、店の一番奥にはおじいさんがいつも静かに座っていた。
店内を見るふりをして様子を伺う。
ピィピィピィ。玄関脇の籠の中で黒い小鳥が綺麗な声で鳴き始める。するとその声に誘われて、奥にいるもう一羽も鳴き始めた。
最初は分からなかったが、実は鳴いていたのはおじいさん。口を器用に動かして、見事なまでに小鳥の声を真似ていた。それに気付いたあの日から、私はこうしてここに通い続けている。
ピィピィピィ。小鳥はおじいさんに、おじいさんは小鳥に、掛け合う声が重なって実に楽しそうだ。
けれどそんな時間も終わりの時が来た。
いつしか奥の椅子には息子が座るようになり、掛け合いの友を失った小鳥は物悲しくその声を響かせるのだった。
『永遠に』
産直市場に山きのこが沢山並んでいる、きのこ好きの娘の為に買い求め、短い手紙を添えて送った。
「おばあちゃん、山きのこをどうもありがとう」珍しい、孫の優希が電話をかけて来た。
「で、ちょっと聞きたいことがあるんだけどね。手紙に松しめじって書いてあったでしよう?調べたらこれ、毒きのこだって…」
あ、そうだ!
書き間違えた手紙をそのまま入れてしまった!
本当はショウゲンジ。食用だから安心して食べてねと説明すると、優希のホッとする様子が伝わってきた。
ところでお母さんは?と聞くと「今、きのこ鍋を美味しそうに食べてるよ」
娘は昔から細かいことを気にしない子だった。今回の手紙だって読んでいるのかも怪しい。もし、送ったきのこが毒だったら永遠の眠りについてしまったかもしれないのに。
まあ、そんな娘だから孫の優希がしっかり者になるのは当然の成り行きだろう。
『暗がりの中で』
あ、まただ!
今日も仕事で夜道を運転中、車のライトに突然現れた歩行者にドキッとする。免許を取る前は、車が歩く自分を明るく照らしてくれているとばかり思っていた。が、それは大間違いで暗がりの中の歩行者はとにかく見えにくい。
市長選に出る友人に相談すると、この件はこれから考えて行くべき事柄だと言い、公約の一つに加えてくれた。
「夜、歩く際はホタルになりましょう。懐中電灯等身に着け、自身を守りましょう。私は皆様に反射材をお配りすることを約束致します」
見事当選した友人は公約通り反射ベストを全世帯に配布した。市民の意識が変わり、夜の事故が大幅に減った。今では市の取り組みが『ホタルモデル』と呼ばれ、全国からの視察が相次いでいる。
『紅茶の香り』
会社の良子さんは黒髪の素敵な10個上の大先輩。最近、とても肌艶がいいのでどんなスキンケアをしているのか聞いてみた。するとある癒しグッズにハマっていると言う。「見にくる?」の言葉に私は早速お邪魔することにした。
部屋に入った時から微かに何かが香る。キョロキョロする私に良子さんが見せてくれたのは小さなお皿。真ん中の穴に5cm程の棒が刺さっている。‥お香ですか?と聞くと、良子さんはそれにゆっくりと火を付けた。
立ち上る煙は絶対に何処で嗅いだことがある。あ、もしかして紅茶?「珍しいでしょう?」と良子さん。「まだ他にもあるの。紅茶の香りに合わせるなら絶対これね」と、別な香にも火を付けると、今度は酸味のあるフルーティな香りが漂って来た。それと同時にバニラビーンズの甘ったるい香りも。
苺のショートケーキだ!と叫ぶと、良子さんはにっこりと笑って満足そうに頷いた。
『友達』
深夜、3人で何となく集まって良く行く場所はゲームセンター。店の灯りに誘われていつもそこそこ賑わっている。そんなに軍資金も無いので、暖かい店内で喋りながら過ごしたり他の人達の様子を眺めたりしている。
唯一やるゲームは太鼓の達人。3人とも腕はいまいちだが大好きなゲームだ。
「今日はちょっと難しい設定でいくか!」
お調子者の太一が声を上げた。無理すんなよ~と言う2人の言葉をよそに、本当に設定を一段上げている。
「うおおぉぉおぉ~!!」
無我夢中に太鼓をたたく太一。雄叫びとは裏腹に、画面とは全く噛み合わないバチ捌きに2人で腹を抱えて笑い転げた。
毎日、何か特別な事なんて無くていい。
今は気の合った友達と過ごす時間が最高に楽しい。