『すれ違い』
私の名前は結依。姉の舞依とは一卵性双生児の双子だ。そっくりな見た目だが性格は正反対で、姉の舞依は社交的で誰とでも直ぐ仲良くなれるタイプ。私はと言うと、あまり人付き合いが得意では無いので本を読んだりひとり静かに過ごすことが多い。
勿論、舞依のことは大好き。夜ふたりでお喋りしてるとあっという間に時間が過ぎる。高校は別々になったので学校の話題が多いが、舞依は最近「真田さん」の話しばかりするようになった。
仲良しさんが出来たことを私も喜んであげないといけないと思いつつ、何だろう‥この胸のモヤモヤは。
日曜日、1人本屋へ向かって歩いているとすれ違った女の子が小さくあっ、と声を上げた。
「‥もしかして、結依‥ちゃん?」
突然のことに驚いたが、話すうちにその人が真田さんだと分かった。一度私に会いたかったと彼女が言う。そして学校では舞依が私のことばかり話すのでふたりの仲の良さが羨ましかったとも。
『秋晴れ』
10月にしては暑いくらいの天気、道行く人達は日陰を選んで歩いている。よく見ると歩道の影の部分にここに一つ、向こうに一つ、更にその奥に一つとパイプ椅子が置かれている。何故だろう?と横目で見つつ、その場を通り過ぎた。
用事を済ませ、また同じ道を通る。今度はポツポツと人が立っている。何があるのだろう‥と辺りを見回すと、近くの小学校の校庭に赤白帽子を被った子供達が一列に並んでいるのが見えた。
「ピッ!」
大きな笛の合図で一斉に走り出した子供達。グランドを一周してから門を出て、更に校舎周りを懸命に走っている。秋晴れの空のもと行われたマラソン大会。頑張れー!の声援と、走る子供達の足音が響いた。
『忘れたくても忘れられない』
秋の三連休、職場の仲良し3人組で山あいの温泉地へやって来た。今時期は近くの山できのこ狩りが出来るのも人気のひとつで、今日泊まるホテルの夕食も山きのこのフルコースらしい。
旅行の目的は、その土地ならではの美味しいもの探し。お昼はふもとの食堂で、早速山のきのこうどんを注文してみた。そのあまりの美味しさに夜の食事も期待がもてる。
「そろそろご飯を食べに食堂へ行かない?」
夕方、ホテルで友人は待ちきれなくてそう声をあげた。もうお風呂にも入り準備万端。けれどちょっと待って。さっき食べたお菓子の甘さが気になるから歯磨きさせて。
ところが、慌て過ぎて歯ブラシにかゆみ止め軟膏を塗った事に気付かず歯磨きした私。あの味は‥未だに忘れたくても忘れられないものとなった。
『やわらかな光』
ああ‥イライラする。あまりにも理不尽な出来事に、自分の気持ちがちっとも収まらない。
今日に限らず時々同じ様な事が起こるのだけれど、根本的な解決方法が無く、いつも自分で自分を労うしかない。
このまま家に居ても気が紛れない。時計を見ると夜中の1時。だが外の空気が吸いたい。私はスマホだけ持って玄関を出ると、怒りに任せて歩き出した。
家並を抜け、田んぼ道をどんどん行く。灯りはスマホの小さなライトだけ。暫く何の音も無く、暗い中に身を置く内に徐々に冷静になってきた。
見上げるとと、空にはやわらかな光の月。
そろそろ家に帰ろうか。
『子供のように』
「早く寝なさい」
夜いつまでも起きていると、母からそう声が掛かった。まだ起きていたいのに‥と思いつつ布団に潜り込むと直ぐに眠りについて、気が付けば朝になっている。瞬きを一回するだけで、夜から朝になっているので、小さい私は本当は毎日寝てないんじゃないかと本気で思っていた。
夢を見る暇も無く、ぐっすりと寝ていた頃があったなんて今は想像も出来ない。毎日、睡眠時間を削りながらの忙しい生活に、最近は特にお疲れモードだ。
もしも子供のように振る舞えるなら、身体が欲するままに眠りたい。そしてもう一度、瞬きだけの睡眠を体感してみたい。