『放課後』
放課後、私は水くれ当番のみくちゃんと一緒に教室に残っていた。3年生になって、自分用の青い鉢に植えたホウセンカを眺めるのは毎日の楽しみだったが、水くれ当番は外水道が遠かった為あまりやりたくない作業だった。
2階の窓から真下を覗くと、クラスの鉢が校舎に沿って1列に並んでいるのが見える。2人で顔を見合わせよからぬ事を考える。
‥もうここから水を撒けばいいんじゃない?
それから2人でコップを使い、水をジャージャーと鉢に目掛けて流した。時々下教室の出窓に当たって上手く水が入らなかったがそのまま作業を続けた。
数分後、下の1年生の先生が顔やメガネに水しぶきを浴びた姿で怒鳴りこんでくることを、2人はまだ知らない。
『狭い部屋』
また揺れた。大きな地震から一夜明け、まだ余震が絶え間なく続く。何かあったら直ぐ動けるように、昨夜は家族全員でひとつの部屋で過ごした。
「恐い‥」小さな弟が母にしがみつく。大丈夫と言う母も不安気だ。築60年の我が家、古い家屋に強い揺れが危険なのは私にも分かる。すると父が「心配するな。昔おじいちゃんが言っていただろう?この家で一番安全なのは狭い部屋だって」
今度は更に大きく揺れた。皆、悲鳴を上げてうずくまる。少し揺れが弱くなった時父が部屋を出ながら「さあ、こっちだ!」と叫んだ。
「母さん、もっと奥へ!」
「おばあちゃん、早く!」
数分後、トイレの中に家族6人ギッチギチに収まった。
『失恋』
「ねぇ、2人は付き合ってるんでしょう?」
教室でいきなり美咲にそう聞かれた。私には入学時、たまたま席が隣り同士で思いの外仲良くなった男友達が居る。2人でよく話しもするし一緒に帰る事もあるけれど、そう言う関係では無い。
「え?本当に?」美咲は納得いかない顔をしている。が、例えば告白したとかされたとか、そう言う事は一切無いのだ。あ、だけど交換ノート的なことはしていると言うと「今時、ラインじゃ無くてノート!?しかも手書きを手渡しって、愛がなきゃ出来ないじゃん!」
もしかしたら彼は付き合ってると思ってるかも、一度確かめた方がいいよと美咲が言う。何度もそう言われ、何だか段々そうした方がよい気がしてきた。
なので交換ノートに「私はもしかして彼女なの?」と書くと「違う」と素っ気ない返事が。
‥何だこの気持ち。付き合って無いけどまるで失恋した気分だ。
『正直』
夫の実家でお義母さんの手料理を頂く。
「さあ、どうぞ。ゆみさんの大好きなトマトよ」
それぞれにサラダが配られた。皆にはキャベツや人参、コーン等色味もカラフルな野菜だが、どうしたことか私の皿にはトマトだけが盛り付けられている。
何故私にはトマトだけ?横にいる夫を見ると、申し訳なさそうな顔をしている。そして小声で「前に君に話した母さんの思い込みが発動している」
そう言えば結婚前に手料理をご馳走になった時、お義母さんに付け合わせの野菜にキュウリがいいかトマトがいいか聞かれたのを思い出した。その時は何となくトマトと答えたのだが、特に大好きと言う訳でも無い。あの時からお義母さんの中では私=トマト好きになったのか。でも、こんな事で良好な関係が保てるのなら、正直に本当の事など言わなくてもいいのかも知れない。
『無垢』
夕方、山の仕事をしている親戚のおじさんが、親から離れて山の中をウロウロしていた子うさぎを抱えて家にやって来た。私は小さくて可愛いその子にうさこと名付け、お世話することに。それからうさこはもりもり食べてどんどん大きくなっていった。
ある日学校から帰ると、柿の木に毛の生えた棒のような物がぶら下がっていた。あれは何かと尋ねても祖父も祖母も何も答えない。何か分からぬまま夕飯になり、皆で肉と野菜の煮込み鍋を食べた。
どうしたことか、うさこが居なくなっていた。もしかしたら私が柵の鍵を閉め忘れたのかもしれない‥。泣きじゃくる私を祖母が慰める傍らで祖父が電話をしている。「また居たら頼むわ」
泣く私を可哀想に思って、親戚のおじさんに電話してくれるおじいちゃんはなんて優しいんだろう。