『終わりなき旅』
ここから岡山まで片道約1000km、6月に引退する特急列車に乗る為に明日電車で日帰りの旅に出掛ける。家族は折角遠くへ行くのだから泊まりでゆっくりして来たら‥と言うのだが仕事の兼ね合いと天気の具合をみるとこれがベストだ。
幼い頃は母に抱っこされながら通る電車に手を振り、小中学時代はお小遣いを貯めては乗りに行き、今は自前の一眼レフを抱えて電車を求めて何処へでも行く。
これから先も鉄道が無くなる事はない。そして繰り返される新型車両の登場と旧型車両の引退。その凛々しい姿を写真に収める為、私の旅にも終わりは無い。
『半袖』
地方から東京の大学に進学して数ヶ月、私は勉強に励みながら一人暮らしを満喫したり、休日には友人達とあちこち遊びに行く事を楽しんでいた。
今日は友人5人で有名なパンケーキ屋さんへ行く日。ビルに着くと最上階のお店に向かってエレベーターに乗り込んだ。
「今日こんなに暑くなるなんて思わなかった」
の友人の言葉に、皆で半袖でも良かったね‥と口にした時、私は隣に立つ初老の女性に突然話し掛けられた。「あなたは長野の方?」
どうして分かるのだろう。驚いて見つめると
「突然ごめんなさいね、亡くなった主人と同じ話し方だったから」
半袖の独特の言い方が懐かしかったと言い残し降りて行った女性。もしかしたらあの時、本当はもっと色んな話しをしたかったのではないだろうか‥。
そう思うと、パンケーキにはしゃぐ友達の声がどこか遠くに聞こえた。
『透明』
薬局で見付けた大ボトルの消臭剤を、早速トイレの棚に置いてみる。中に大きな透明ビーズがいっぱい入っているタイプで、湿ったビーズが光に当たりキラキラ光る感じが凄くいい。上のシールを剥がすと
雫型に穴の空いた蓋が現れた。
でもこの穴って大きくない?倒れたらビーズが出そうだけど‥。そう思ったら試さずにはいられない。
蓋に片手を当てボトルをそっと傾けると、ビーズがバラバラと床にこぼれ落ちた。
ああー!やっぱり!私は慌ててビーズを拾い集めた。
夕方、帰ってきた娘がトイレで叫んでいる。「ビーズがこぼれて大変だった」流石親子、やはり娘も同じ事をしたようだ。実はお母さんも‥とバラして2人で笑っていると、その間に帰ってきた夫もトイレで叫んでいるのが聞こえてきた。
『理想のあなた』
私は息子の部屋を覗くと、あまりの乱雑さにため息が出た。いつもどうしてこんなに散らかるのだろう‥。お姉ちゃんは整理整頓が得意だから、何の心配も無くいたけど、同じ姉弟でも何故ここまで違うのか。
今日も見かねてそろそろ部屋を片付けたら?と声を掛けたが返事は無い。もう聞いているのかいなのかすら分からない。言っても無駄と分かりながらも私のお小言は続き、状況は更に悪化した。ああ、本当にイライラする。私はその怒りのまま浴室へむかった。
なんて酷い顔だろう。洗面の鏡に映る自分は眉間のシワとやつれた顔で下手をすると十歳も老けて見えた。私はこんな顔をして息子に話し掛けていたのか‥。子供が産まれた時、私にもこんなお母さんになりたいと理想の母像があったはず。なのに今は。
『愛があればなんでも出来る?』
え?熟年離婚?無い無い。家に限ってそんなこと皆無だわ。連れ添って30年、自分で言うのも何だけど夫婦仲は良い方だと思う。そりゃあ喧嘩もするけどもう長い付き合いだし、どうすればいいのかお互い理解してるから長引く事は無いかな。まあとにかく、愛する気持ちはずっと変わらないってこと。それはこれからも。え?勿論!夫がヨボヨボのおじいさんになって介護が必要になったら、私が出来る限り側で世話をするつもりでいるわ。食事も食べさせてオムツだって替えて、何でもしてあげたい。きっと夫も同じ気持ちでいてくれるはず。
ねぇ、あなた。
私がもしそうなったら、あたなだってしてくれるでしょう?
「うーん‥」
何でよォ!