水晶

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4/18/2024, 4:16:52 AM

『桜散る』

朝の支度を済ませ、そろそろ仕事へ‥のタイミングで息子から電話が来た。「俺のヘルメット、玄関に無い?」急いでいて忘れたのだろう、それは下駄箱の上にちょこんと置いてあった。

高所作業の息子にヘルメットは必需品だ。引き返すけど途中まで持って来て欲しいと懇願され、私は慌てて家を出た。急がないと私の仕事に間に合わない。川沿いの道を飛ばし、半分行った所でようやく息子に出合った。
「悪い!母さんありがとう!」ヘルメットを受け取った息子は車に戻りつつ「ほら、母さん上見て上」

そう言えば、川沿いの桜並木が満開だと聞きつつも中々来れずにいた。「俺のお陰で最後の桜に間に合ったね」と笑う息子を見送りながら、私は散る桜を暫く眺めた。

4/17/2024, 5:04:10 AM

『夢見る心』

「おおきくなったらバスの運転手さんになるの」
リビングで新聞を読む私の傍へ、孫がそう言って近付いて来た。そうか、としくんは運転手さんになるのか、と頭を撫でると嬉しそうに頷き、「おじいちゃんはおおきくなったら何になるの?」と聞いてきた。いや、もうおじいちゃんは‥と言い掛け、昔の記憶が甦る。

小学5年生の時、父が病気で亡くなった。母と下に弟が2人の生活は決して楽では無く、私は中学校半ばで学校を辞め働きに行った。朝は4時から隣の牛舎で乳を搾り、昼も夜も懸命に働いて弟達を大学にまで進学させた。それで満足だった。

「そうだなあ、じいちゃんは弁護士になりたい」
そう言葉にしたとたん、封印していた想いが押し寄せる。本当は自分ももっと勉強したかった。大学にも行きたかった。そして弁護士になりたかった。

「うん。おじいちゃんならなれるよ!」としくんが私を真似て頭を撫でる。初めて口にした自分の夢。
もうこの歳では叶う事は無いが、ずっと夢見ていた心は解放された。

4/16/2024, 7:36:31 AM

『届かぬ想い』

去年、新築した我が家。そしてこの春、私は玄関の脇に念願だった花壇を作る事にした。ホームセンターで材料を買うだけでワクワクし、レンガ1つ置くだけでうきうきする。作業を始めて数時間、ようやく思い通りの花壇が完成した。

夜、帰った夫の「凄いじゃん!」の言葉に気を良くした私は、次なる展望を語った。花の種類や色味、植え方も決めていて、土曜日に花を買い直ぐ植えるからと伝えた。夫はそれを頷きながら聞いていた、と思っていたのだけれど。

翌日、仕事から帰ると花壇に花が植わっている。
驚いて家に入ると今日は休みの夫が
「言われたと通りに花を植えておいたよ」
そんな事、一言も言って無いよ‥。
私がどれだけ花植えを楽しみにしていたのか、どうやら夫には届かなかったようだ。

4/14/2024, 7:33:09 AM

『快晴』

休日、いつもの買い物へ行く。今日は快晴。そして満開の桜。仕事帰りは深夜なので、桜の見頃に気が付かなかった。これは買い物だけでは勿体無い。
私は交差点で山へ向かってハンドルを切った。

街を抜け、川沿いの一本道を山のホテル目掛けて一気に車を走らせる。ようやく車を停めた私は桜で溢れた街並みを見下ろした。その見事さに感動していると、ふいに脳裏に言葉が響いた。
「今年もピンク色の季節になりましたね」

毎年、一番桜を目にすると必ずこう言った彼。いつも穏やかで優しかった彼。ほんの些細な事で喧嘩して、突然別れてしまった彼‥。
桜を見て少しブルーな気持ちになるのも、いつか終わる日が来るのだろうか。

4/13/2024, 6:48:21 AM

『遠くの空へ』

願いを込めていつか赤い風船を遠く空へ飛ばしたい‥。大好きな小説のラストシーンにあやかって、私は二十歳の誕生日に手紙を添えた風船を空へ飛ばした。

そんな事をすっかり忘れたある日、庭で割れた青い風船を拾った。見ると手紙も付いている。
「こんにちは。僕は中川弘樹と言います。先日、
吉野亜香里さんのお手紙を受け取りました。是非お返事を‥との事でしたが残念ながら住所が無かった為、風船に託します。どうか亜香里さんに届きますように」

こんな夢みたいな事があるのだろうか。あの風船の返事が返ってきた、しかも風船で私の所に!
こうして繋がった中川さんはもしかしたら運命の人なのかもしれない。「着きましたらご一報を」に、早速手紙を‥と思ったが、残念な事にこの手紙にも住所が無かった。

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