水晶

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『夢見る心』

「おおきくなったらバスの運転手さんになるの」
リビングで新聞を読む私の傍へ、孫がそう言って近付いて来た。そうか、としくんは運転手さんになるのか、と頭を撫でると嬉しそうに頷き、「おじいちゃんはおおきくなったら何になるの?」と聞いてきた。いや、もうおじいちゃんは‥と言い掛け、昔の記憶が甦る。

小学5年生の時、父が病気で亡くなった。母と下に弟が2人の生活は決して楽では無く、私は中学校半ばで学校を辞め働きに行った。朝は4時から隣の牛舎で乳を搾り、昼も夜も懸命に働いて弟達を大学にまで進学させた。それで満足だった。

「そうだなあ、じいちゃんは弁護士になりたい」
そう言葉にしたとたん、封印していた想いが押し寄せる。本当は自分ももっと勉強したかった。大学にも行きたかった。そして弁護士になりたかった。

「うん。おじいちゃんならなれるよ!」としくんが私を真似て頭を撫でる。初めて口にした自分の夢。
もうこの歳では叶う事は無いが、ずっと夢見ていた心は解放された。

4/17/2024, 5:04:10 AM