たちばな

Open App
1/13/2023, 5:02:44 PM

空から降る白い雨は、雪と呼ぶらしい。雪は、今日も降っている。昨日も一昨日も、わたしが覚えている限り毎日絶えず降り続いているそれは、きっと、明日も降っているだろう。
「ぼすん」と降り積もった雪の上に右足が沈む。足は脛の辺りまですっぽり沈んでしまった。つい昨日地面を固めたばかりなのに、明日にはまた固め直さないといけない。降り積もった雪をそのまま積もるままにしておくと、いつか外に出た時に体の重さで埋まってしまう。だから、ある程度降り積もったら鉄のローラーを引いて回って、地面を固めておくのだ。雪は重さをかければ硬く固まってくれるから、こうしておけば人間一人の体重で埋まることはない。雪は溶けない。積もるだけ。積もったら、積もったまま。だから、家もすぐ積もる雪に埋もれてしまう。私たちは仕方なく、高くなる地面の嵩に合わせて家の高さも高くするのだ。私たちは、塔に住んでいる。きっと、昔より。それこそ、雪が降り始める前よりずっとずっと高い場所を地面と呼んでいて、ずっとずっと高いところに住んでいる。
雪がいつ降り止むのか、私は知らない。知る術もない。
私は今日も、外に出る。雪の降る白い世界を、生きる。外には、塔を高くするための、鉄が落ちているから。落ちてくるから。塔を高くするため、この世界で埋もれずに生きるために、私は今日も歩く。
ぼすん、ぼすん。
たまに、夢を見る。私が見たこともない、寝物語で聞いた昔の世界。
昔の世界には、雪は降っていない。もっと低いところに住んでいる。海、というところも、ある。そこで私は、鉄を探すこと以外をする。お父さんとお母さんも、塔を高くするために朝から晩まで危ない作業をしたり、泣いて暮らしたりしない。白くない、色々な色がある、景色。
でも、それは、夢だ。いくら夢を見ても、雪は降る。お父さんとお母さんは手を傷だらけにしながら錆びた鉄を針金で結んだぐらぐらする塔を作る。私は、毎日この白い景色を、孤独に歩き続けて、あるか知れない鉄を探す。鉄が見つからなければ、お父さんは私を殴り、お母さんは泣くだろう。塔を高くできなければ、わたしたちは雪に埋もれて死ぬだけ。
ぼすん、ぼすん。
この世界は、寂しい。
ぼすん、ぼすん。
ぼすん、ぼすん。
だから、私は夢を見る。幸せな夢を。

1/13/2023, 6:41:31 AM

「ずっとこのままでいたいな」
「あなたとこのまま繋がっていたい」
「だいすき」
「あいしてる」
「やっと、あなたとこうして繋がれたの」
「離れ離れになんてなりたくないな」
「もうずっと、明日なんて来なくていい」
「恋人になるとか、結婚するとか、じゃなくて。その先の、ずっと遠くて、深いところ。私はあなたと、そこに行きたかった」
「繋がったまま、生きていたい」
「私の夢は、今日、叶ったの」
「愛してる」
「わかるかな?あなたの血が、私の血になるの」
「あなたの心音がわたしの心音なの」
「この痛みも、膿も、腐りも」
「軋む骨も、わたしのものであり、あなたなの」
「一緒に生きて、一緒にいる。病める時も、健やかなる時も」
「全ての瞬間を、あなたと共有するの」

血溜まりが広がる。いくら縫い合わせても、腑は、血は、溢れ出す。断面から爛れ、膿み、虫が湧く。体はいつか腐る肉塊でしかない。心は、脳が見せる幻想でしかない。けれど。愛はここに確かにある。わたしの腹に縫い付けたあなたの身体を抱きしめる。あなたの身体はもう生きていない。あなたの心も、きっと動きを止めてしまっただろう。抱きしめる腕に力を込めるほど、腹から血がぼたぼたとこぼれる。愛は、この傷みだ。この愛は、この傷みだ。

「あいしてる」

この傷みを、愛している。

1/11/2023, 10:50:37 AM

寒さが世界を侵食する。寒さはある日、前触れもなく私たちの世界に現れた。寒さには、体のようなものがある。半透明でふわふわしているそれ。触ろうとすると、するりと透けてしまう。空気のようなそれは、触ろうとすると、やはり、冷たい。人型の冷気。最初の頃は未知の病原菌が〜とか放射能が〜とか言って外出禁止令も出たほどだったけど、人型の冷気達は我関せず、ぼんやりと街に漂っているだけだった。
やがて人型の冷気が無害だと言うことがわかると、私たちはこの不思議な隣人を「冷人」と呼び出した。
冷人は、どこにでもいる。何を食べているのかわ分からない。笑っているのかも悲しんでいるのかもわからない。彼らにも赤ちゃんがいたりするのか。死んだりするのか。私たちは何も分からないまま、奇妙な隣人と生活をしている。 
「冷人がなにか、教えてあげようか」
 放課後。クラスメイトが帰り夕日が寂しく差し込むだけの教室で、さやかは声を顰めて言った。
「冷人の正体。教えてあげる」
 さやかはぐっと前のめりになって私の右耳に口を寄せて囁く。その感覚が嫌でのけぞりながら「別に、知りたくないよ」と応えると、さやかはニンマリと口角を上げて続けた。
「無関心気取っちゃって〜。今時の子が冷人の正体なんて激アツトピックきにならないわけないじゃん!」
馬鹿にしたような物言いにムッとするが、さやかの言わんとしていることも理解できる。今やテレビでは冷人の正体について組まれた特集ばかりだし、その中には根拠が怪しいオカルトのようなものも多い。若者だけでなく、全ての人の関心ごとは「冷人はなんなのか」だ。
「でも、私は興味ない」
「絶対来てね!今日の夜9時!!住所は渡した紙、みて!」
「何で私なの?」
「あんたが一番いいと思ったから!」
話を聞く気がそもそもなかったのだろう。言いたいことだけを言い終えてさやかは帰って行ってしまった。教室に一人残された私は、いつの間にか握らされていたメモ帳を開く。これは、「うちの裏じゃん」。



続きはどっかで書く

1/10/2023, 12:53:06 PM

 ヨリと私は、明日で20歳になる。
 ヨリは外生まれだから、もうは皮膚も弛んでいて、痛む左膝を庇うために左足を引きずるような歩き方をする。外から来た人間は、入村した時に一度赤ん坊に戻るのだ。外の汚れを落とし、一から人生を始めるために。だから、ヨリはおばあちゃんのような見た目をして居ても、私と同い年で、友達だ。
 私は中で生まれたから、村の成人式で本当に20歳。ヨリと違って白くすべすべとした肌と、誰よりも早く走れる脚がある。村長様も、私の細く伸びた手足をいつも褒めてくださる。
「かみさまにぴったりだね」
 私は、明日の成人式が楽しみで仕方ない。私たちの村で成人式は成神儀という。外では数え年で20歳になるお祝いのことを言うらしい。私たちの成神儀は、この村で祀る神様が亡くなったあと、村人の中で20歳になる女が出る年に行われる。この儀式に巫女として選ばれた20歳の女は、次の神様になる。
 きっと、私は神様になる。ヨリはやさしくていつも笑顔で、私のことをいつも心配してくれる良い人だ。でも、神様は若い女の方が良い。シミの浮いた枯れ木のような手足より、竹のように伸びた白い手足の方が良い。皺皺の顔より、水を弾く肌を持った美し顔が良い。
 私は、明日、神様になる。ヨリの代わりに、私が神様になる。神様になる。

1/3/2023, 11:39:20 PM

親愛なる人類へ

私たちの生きる世界にも、朝というものがあり、昼というものがあり、夜というものがあります。太陽に似た何かがあり、それは、登ったり沈んだりします。太陽に似た何かが地平線の向こうに顔を出すことを、私たちはあなた達の言葉を借りて「日の出」と呼びます。
日の出が来ると私たちは太陽に似た何かに向かって攻撃を仕掛けます。あるものは突撃し、ある者は遠くから錆びついた狙撃をします。太陽に似た何かの反撃により、突撃部隊は熱に焼かれ一瞬で灰になります。狙撃部隊もまた、太陽に似た何かから伸びてくる大きな手に潰されてぐちゃぐちゃになります。たくさんの私たちが一度の戦いで死にます。私たちの生命サイクルは人類のそれより早く、単純ですから、死んだ側から同じ数生まれてきて、すぐに戦線に赴きます。
私たちにとって、太陽に似た何かとの戦いは存在をかけた大決戦で、最優先事項です。命や「私」という個の思想は、あなた達人類が思うよりずっと価値が低いのです。だから、死ぬことは、怖くありません。あの光の塊によって灰になったり挽き肉になったりすることは、私たちにとって勇気ある者の証であり、誇りです。
それに、太陽に似た何かも、無敵ではありません。殴りつけられればばきりと音を立ててヒビが入りますし、剣で切りつければ血も噴き出します。以前、狙撃部隊がぶち当てた砲弾が光球の真ん中近くに大穴を開けた時は耳をつんざく酷い悲鳴をあげていました。それがとても愉快で、私たちはいっとき戦いを忘れてけらけらと笑い声を上げてしまいました。
この戦いは、決して、私たちの敗北が決まりきった戦いではありません。不利ではありますが、確実に太陽に似た何かを日々追い詰めているのです。それでも、あなた達人類は、私たちの戦いを不毛なもののように感じるかもしれませんね。
けれど私たちからすると、あなた達だって不毛で無駄な死を重ねるだけに時間を費やしているように見えます。
気のせい、でしょうか。
いつ来るかしれない、けれどいつか来る「日の入り」まで、私たちは何度も太陽に似た何かを拳で殴りつけ、剣を突き刺し、砲弾を浴びせるでしょう。静かな夜を目指して、私たちは死を積み重ねるのです。
太陽に似た何かの叫び声が聞こえます。私たちの断末魔を切り裂いて響くそれを、あと何度、私は聞くことができるでしょうか。
親愛なる人類へ。この手紙が届いているなら、どうか、私たちのことを忘れないで。今この瞬間も、あの光の塊に向かって死ににいく私たちがいることを、どうか、せめて、忘れないでいてほしい。それだけを、祈ります。

Next