寒さが世界を侵食する。寒さはある日、前触れもなく私たちの世界に現れた。寒さには、体のようなものがある。半透明でふわふわしているそれ。触ろうとすると、するりと透けてしまう。空気のようなそれは、触ろうとすると、やはり、冷たい。人型の冷気。最初の頃は未知の病原菌が〜とか放射能が〜とか言って外出禁止令も出たほどだったけど、人型の冷気達は我関せず、ぼんやりと街に漂っているだけだった。
やがて人型の冷気が無害だと言うことがわかると、私たちはこの不思議な隣人を「冷人」と呼び出した。
冷人は、どこにでもいる。何を食べているのかわ分からない。笑っているのかも悲しんでいるのかもわからない。彼らにも赤ちゃんがいたりするのか。死んだりするのか。私たちは何も分からないまま、奇妙な隣人と生活をしている。
「冷人がなにか、教えてあげようか」
放課後。クラスメイトが帰り夕日が寂しく差し込むだけの教室で、さやかは声を顰めて言った。
「冷人の正体。教えてあげる」
さやかはぐっと前のめりになって私の右耳に口を寄せて囁く。その感覚が嫌でのけぞりながら「別に、知りたくないよ」と応えると、さやかはニンマリと口角を上げて続けた。
「無関心気取っちゃって〜。今時の子が冷人の正体なんて激アツトピックきにならないわけないじゃん!」
馬鹿にしたような物言いにムッとするが、さやかの言わんとしていることも理解できる。今やテレビでは冷人の正体について組まれた特集ばかりだし、その中には根拠が怪しいオカルトのようなものも多い。若者だけでなく、全ての人の関心ごとは「冷人はなんなのか」だ。
「でも、私は興味ない」
「絶対来てね!今日の夜9時!!住所は渡した紙、みて!」
「何で私なの?」
「あんたが一番いいと思ったから!」
話を聞く気がそもそもなかったのだろう。言いたいことだけを言い終えてさやかは帰って行ってしまった。教室に一人残された私は、いつの間にか握らされていたメモ帳を開く。これは、「うちの裏じゃん」。
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1/11/2023, 10:50:37 AM