部屋の片隅で
お題捕獲
眼前で鮮血が舞う
生命を失った彼が何かを誤った訳では無い
非常に無情で無慈悲に“ヒロヤ”と呼ばれていた優しい彼の生命は奪われた
どうして…
そんな簡単な言葉さえも出なかった
上司である“サエカワ トオル”の替え玉として
ヒロヤは充分動いていたではないか
『“アサヒバラ”くん』
“アサヒバラ ヒナリ”は己の名が出された瞬間肩を跳ねさせる
この街にある生命の軽さを重々理解していた
だがそれは赤の他人であったから理解出来るものであって…
『君は大義というものをどれくらい理解できているのかね?』
いざ仲間の生命が失われたら悲鳴をあげて逃げ出したい気分になる
『…人が踏み行うべき最高の道義というものだ。特に国家、君主に対して。』
その言葉と彼の生命が消える事…それが繋がるまでの道筋をアサヒバラ ヒナリは理解できなかった
『“尽くすという言葉の重みはどの生命よりも軽い”という事なのです。』
トオルの言葉をより分かりやすくする為に
ヒロヤの首を跳ねた“ポチ”と呼ばれる少女は口を開く
『ヒロヤくんには重すぎたようだがな…』
何処か遠い目をしながらトオルは呟く
ヒロヤは己の正義というものに…理想というものに縋り、最期まで信頼していた
だがトオルは誰も信頼していない
信用もしていない
足枷になるのであればどんなに身近な人間でさえ殺す
まるで使えないものは不要だと言うように
『どんな生命にも利用価値はある。無論、アサヒバラくんも例外では無い。』
ヒナリは息すらも出来ない程に緊張していた
今言葉を間違えてしまえば永遠に弟には会えないだろう
走馬灯のようにまだまだ幼い弟を思い出す
柔らかな頬に時折見せる無邪気な笑顔
小さな手に甘えん坊な性格
今では思春期を迎えてツンケンな態度だが…
家族のように共に暮らしたいとヒナリは夢見ている
「私は…何を…成せば…」
乾いた喉から必死に言葉を紡ぐ
逆らってはいけない
逃げてもいけない
敵意を出すなんて以ての外
己を利用してくれと身を差し出すしか選択肢がない
『今まで通り不要なものを処分してくれれば良い』
トオルの近くに立つポチが己をジッと見つめている
幼い少女が指示1つあれば己の生命を奪おうと見つめている
だがそちらに視線を向けてはいけない
チェスの捨て駒のようにただ主の指示を聞き入れる
『余計な事はするな』
トオルが刺した釘にコクコクと首を頷かせる
あまりにも矮小な存在に興味すら無いのか
ヒナリが首を縦に振ったと同時にトオルは部屋から出ていき…ポチもその後を追う
『生かす価値はあるのです?』
『殺す価値も無い』
そんな言葉が薄く聞こえた
部屋の扉が閉まってもすぐには身体が動かなかった
数分経てどヒロヤの遺体に近づけなかった
カクンと足の力が抜ける
「…死にたくない…」
「…死にたくないです…」
「…ごめんなさい…」
あまりにも愚鈍な自分の中にも大切なものがある
大義と呼ぶにはあまりにも小さなものだが…
冷たくなり始めた仲間の遺体を処分出来るほど
太陽のように暖かく大切なものがあるのだ
…あとがき…
平和なお題になんともまぁ不穏な書き物をしたものですな
ボクはチェスの捨て駒にポーンを使ったりするんですけどね
ポーンって諦めずに進めれば何にでもなれるんですよね
ひなりんはそんな役を与えたいです
なので必死に生かせたいと考えてます
影のような場所でも
消毒液の匂い
白で統一された部屋
オシャレの欠片もない患者服
唯一の楽しみは窓から見える景色のみ
『絵になるね』
そんな言葉を幼なじみに言われた
いつもなら趣味のカメラを構える彼がカメラを持たずにそこに居る
軽く10年は見ない光景だ
『スマホで撮影する?』
『“院内での撮影は御遠慮ください”って書いてあってさ』
『書いてなかったら撮ってた?』
『もちろん』
問いかけに二つ返事で答える彼に清々しさを覚える
それと同時に…ルールを守る彼が“いつもの彼じゃない”みたいで不安になった
『私よりカメラを見てる方が多かったのにね』
『残したかったんだよ、綺麗なもの全部』
貪欲に…どんなものでも撮影していた彼が
それでお金を稼げる腕の持ち主が
たかが幼なじみが精神を病んだくらいで趣味を机に置く
ベッドの上にいる“オタル アカリ”には現実味がない
『…今もおばさんのような人を撮りたい?』
薄い掛け布団ごと身体を丸め膝を抱え彼に問う
中学生の頃…まだ普通の子達のように学校に通えてた時
彼は…“シマヅ テルヒコ”は自身の母親が出演した映画を、遺作を鑑賞した
その時自分も隣に居た
物心ついた頃から隣にはテルヒコが居た
近所に住んでるお兄ちゃん的な存在だった
そんなテルヒコの母親は女優で
妊娠中に病を患い子の生命を優先にした人だと聞いた
その妊娠期間中に撮ったノンフィクションの家族愛がテーマの映画だ
段々と弱々しくなり細くなる身体
時折糸が切れたように光を失う瞳
それでもなお、子に何かを遺そうと膨れた腹に語りかける
来てくれてありがとう
『いや、アレは俺っちには撮れない』
テルヒコは少し考えてから答えた
『アレは“撮影者(父さん)”と“演者(母さん)”と“小道具(俺っち)”が居て成り立つ現実で…芸術では無いから』
遺作であり名作と言われた古い映画
母子ともに健康のハッピーエンドなんて何処にもない
あるのは医者の宣告通り…母体がもたないという現実
そして殆どの時間を他人としか過ごしてない息子がそこに居る
『俺っちのカメラじゃリアルは撮れない、全部芸術になる』
『芸術でも良くない?』
『んー…そこは拘りというかリスペクトかな』
リアルなものを芸術に落とし込むのはダメなのか…
アカリにはよく分からない
『フラッシュバックの方は?』
今度はテルヒコが問いかけた
アカリはとある事故に…いや、テロに巻き込まれた事で精神を病み入院していた
現実味のない事が日本で起きて…何人もの人が亡くなってしまった
今でも悲鳴が頭に響いて動悸と過呼吸に襲われ倒れる事もある
『ぜんぜん』
『酷いのも?』
『うん、学校も中退』
『オソロイじゃん』
『でも私は仕事もしてないよ』
せっかく入れた自由度の高い大学も中退
入院初期は連絡をしていた友人も今じゃ音沙汰なし
大好きなオシャレもショッピングも出来ない
『でも生きてて嬉しいよ』
両親が仕事の合間を縫って会いに来てくれるだけありがたい
こうして幼なじみが週に一回…最近はほぼ毎日来てくれるだけありがたい
独りになった人も居るのだろうに…
比べれば全然幸せだろうに…
『私は苦しいよ』
酷い言葉が口から零れてしまう
涙がポロポロ溢れてしまう
せっかく“生きてくれて嬉しい”って言ってくれる人が居るのに
せっかく“生きてる”のに
こんなにも生命が重たく…己が軽い…
『こんなんじゃ皆みたいになれない』
『それぞれのペースがあるから大丈夫だよ』
父親は仕事で不在で…母親は病気で亡くなって…そんな彼に放つ言葉じゃない
『沢山の人に迷惑かけてる』
『誰かのお世話になるのは悪い事じゃないよ』
母親の大親友だから、という理由で他人に預けられていた彼に放つ言葉じゃない
『パパにもママにも邪魔だと思われてるかもしれない』
『そんな事ないよ、大切にしてるから会いに来てくれるんだよ』
彼が返す言葉はあまりにも重くて
『こんなんじゃ親孝行なんて出来ないもん』
自分はあまりにも弱くて
『こんなんじゃ誰からも愛されないよ』
苦しい
『俺は愛してるよ』
全てがノイズみたいに聞こえる
『…嘘…』
『嘘じゃない』
『…カメラの方が愛してる癖に』
15年隣に居たのだ
彼が見続けてたものを隣で見ていたのだ
『それはそうかもしれない』
へんに嘘をつかない事も知ってる
『…そこは嘘でも君の方がって言うべきでしょ?』
『いや、ココで嘘ついたら本音全部パーじゃん』
『…それは…そう…』
『だろ?』
あまりにも清々しい彼の態度に出かけた嗚咽も引っ込んだ
それと同時に先程の言葉に罪悪感を抱く
『…さっきはごめんなさい』
『ん?謝るところあった?』
なのに彼はこの調子
『…テルヒコも辛い事たくさんあるのに…』
『え〜それ含めて俺っちだしな〜』
『…強いね…』
『ども〜☆』
『…軽いね…』
『重い方が良いかな?』
『うん、少しは真剣に悩むべきだと思う』
『手厳しい意見…』
コロコロと表情を変える彼にクスリと笑いが誘われた
未だにポロポロと涙は零れ…鏡を見たら再度落ち込むくらいには不細工な顔に仕上がってる
なのに笑ってしまう
『あーぁ…恋バナとかないの?テルヒコ』
『無いよ?』
『面会時間終わるまでにそーいう経験思い出してよ、気分上がるじゃん、恋バナ』
『無茶振りにも程があるけど…なんかあるかなぁ…』
腕を組み長考に入る彼を眺める
自分と違い…テルヒコは社会に出てはいる
きっと出会いも多いだろう
…
『…私って結婚できるのかな…』
『どした?急に』
『こんな状態じゃ嫁の貰い手ってつかなくない?介護が確定してるもんだしさ、白馬に乗った優しい王子様とか言ってられる身分じゃないじゃんね』
『そんなもんなのかね、愛の力ってもっと凄いイメージあるよ』
『現実はそんな甘くないでしょ〜…愛の力だけじゃ衣食住も出産育児も老後も乗り越えれないよ、二人の力を合わせてこそじゃん?』
『金ありゃ解決じゃん』
『金持ちで病気ごと愛してくれて結婚出来るほど信頼できる人ってのはポンと現れないんだよ』
『じゃあ俺と結婚する?』
…
『は?』
『愛してるし嘘つかない、子育ての経験は無いけど金はあるし貯金もある、あと幼なじみ補正で義両親と仲良し』
『いやいやいやプロポーズにしては軽すぎるでしょ?“する?”で決まるもんじゃないじゃん』
『じゃあ明日婚約指輪持ってきて真剣に重ためのプロポーズするよ』
『それはそれで嫌!綺麗な夜景が見えるレストランとかでサプライズが良い!』
『任せろ、良いのを計画する』
『待ってこの時点でサプライズじゃない!』
看護師さんの“病室で騒がないで下さい”という注意を頂くと同時に面会時間が終わりを告げる
『ヤダヤダヤダこんなプロポーズ嫌だもっと可愛い服着てる時が良かった!』
『読んでたファッション誌の最新号持ってくるよ』
『嫌な初めての奪われ方した〜嫌だ〜』
『ほんじゃまた明日ね〜』
スタコラサッサと病室から出てったテルヒコの背中にアカリの喚き声と看護師が宥める声が届く
紅葉も進み冬がチラリと覗くというのに
秋風は吹かない
〜あとがき〜
秋風が吹くって言葉の意味に“飽きが来る”ってのがありまして
ちょっとした恋愛小話をサクッとさせて頂きました
展開早めでポンポン駆け抜けたけど個人的には“可愛い2人だな”と思ってます
アカリちゃんはPTSD持ってますがテルヒコと居る時は軽い情緒不安定で終えられてますね
愛の力ってやつカナ
『また会いましょう』
優しく頭を撫でてくれた貴女が酷く美しくて
まるで時が止まったように感じた
貴女の為だけに耐えていた雨も
ジットリとした夏の気温も湿度も
汚らしい路地裏も
赤い花を手折ろうとした肉塊も
服の乱れた自分でさえも
艶やかな黒髪を
長く弧を描く睫毛を
雪のような白肌を
吸い込むようなワイン色を
甘く卑猥な椿の香りを
自分に感じさせてくれるような演出に思えた
女性が女性に惚れるなんておかしな事だろう
生物学上不必要だと言われるだろう
でも彼女の存在は理性に否定を与えない
強く記憶にこびり付くのは
ほのかに上がる口角と
それに従う溶けるような赤い紅
また会いましょう
貴女の居ない
貴女の居た場所で
貴女のように美しく
貴女に会える事を願って
-------------------
〜あとがき〜
次を思わせるなんて残酷だろうけど
次を期待してしまうのは愚かなんだろうけど
憧れに囚われた少女の話を書きたかった
日本に居れば経験し得ない光景が広がる様はまさに戦争と呼ぶに相応しい
目の前に惨状があるというのに何処か他人事でそう表現した
いや、したくなった
血の匂い、人の死体、倒壊しそうな建物、響く銃声や悲鳴
灰黒いぐずつき模様の空に火事場の溜息が昇る
こういうのを撮りたかった
一目見て分かる何かを
寧ろ目に映さねば分からない何かを
形に遺してみたかった
もう助からない人間が手を差し伸べても救いはしない
静かに「良いねぇ」とだけ呟いて写真を撮る
人の足音がしたら隠れ、シャッター音が鳴らないようサイレントで撮る
まるで森の中で小鳥を撮影するように風景に紛れる隠密行動
そのスリルも相まってアドレナリンとドーパミンがドヴァドヴァだ
もしかしたら落ちてる肉塊の1つになるかもしれない、流れる血に己を混ぜるのかもしれない
なのに足が止められない
胸が高鳴る
楽しい
楽しい
「母さん…っ」
まるで今は亡き母親の遺作を観た時のようで
小さく呟いていた
それと同時に自分が来た方向から大きな爆発音がした
見知った方向から黒煙が登り始める
いやな予感がした
それなのに呼吸が荒くなりセックスよりも気持ちいい感覚に陥る
この嫌な予感が外れてればガッカリしてしまうだろうか
当たっていれば吐精してしまうくらいに興奮するだろうか
殺されないように静かに
だけど早く歩を進める
サイコパスだと罵られるかもしれないがこの状況で自分は勃起している
細かな瓦礫や割れたコンクリートをスニーカーで踏みながら普段よりもうんと遅い走りを見せる
あぁ…嫌な予感は当たるものだ
自分が数分前まで居た…“八方組”の拠点が爆ぜている
窓ガラスは割れて中から赤い火を噴き出して
モクモクと遠目でも分かる黒煙が雲に混ざって
沈静化するには手遅れな雨が降り注いだ
最高のロケーションだ
もっと良い場所で撮りたい
そう考えて思い出した
拠点内には人が居た
自分の他に“ベル”と“ケンタ”という人が
死んでしまったのだろうか…
遺体は中にあるのだろうか…
だとしたら中に入らなければ…
『…いでよ!!!!』
歩いていたら聞き慣れた罵声が聞こえる
あぁ、生きてたんだ…
なんて考えながらそちらに向かった
そこにはベルと見知らぬ男女が居た
黒髪で筋肉質な男がベルの前にしゃがみ
黒髪から特徴的な白いエクステを垂らす美女はその2人を1歩離れたところから眺めている
『何処も痛くないわ!!だから離して!!』
『嘘だね、足は骨折してるし肋骨も数本イカれてる。見てわかるだろう?自分の指があらぬ方向を向いてる事くらい。』
『“シズク”さん、そんな詰めるように言わないで下さい。彼女は今…』
『お願いだからソッとしておいてよ!!!』
カシャッ
3人のやり取りの中酷く温度差のある音が響く
設定を間違えてた
でも爆発した拠点の前で仲間と見知らぬ人間が言い合いしてる姿なんて…
しかも仲間の腕の中には人の腕のようなものがあるなんて…
そうそう撮れるものでは無い
『テル…ヒコ…』
ベルが己の名前を呼んだ瞬間に筋肉質の男は全てを察してこちらに声をかける
『あ、あの!敵意はありません!彼女を助けたいので手伝って貰えませんか!?』
ベルに言うことを聞かせるなんて至難の業だ
此処にケンタが居ればまた話は変わるけれど…その姿は見えない
「仕方ないっすねぇ、後でもう数枚撮らせてくれるなら…」
『撮影は落ち着いてからにしろ、この爆発音じゃ他にも人が来る。』
シズクと呼ばれた美女は淡々と今の状況に適した発言をした
敵か味方か…そんなのも分からない状況で大勢の人間が集まるのは非常に困る
「ベル、オレっちっすよ。テルヒコっす。」
『…テルヒコ…ケンタが…ケンタが…腕…』
明らかに落ち着いていないベルの言葉から全てを察した
彼女が抱き締めている焦げ付いた腕の持ち主がもう居ない事を
「じゃあアウター貸すからさ、包んでかない?そのままにしとくよりもダメになりにくいと思うから…」
『…ダメに…』
そんな提案したって意味が無い…とでも言うように美女は息をつく
今更雨を凌いだって焼け焦げた四肢が腐るスピードはさして変わらない
『“ユキ”、強行突破だ。抱き上げろ。』
『え、でも…』
『抵抗する気がないならこっちのもんだ。それに手当は早い方が良い。』
ユキと呼ばれた筋肉質な男性は迷いながらもベルを抱き上げる
ベルは抵抗もせずに己が貸した上着で焼け焦げた腕を丁寧に包み抱きしめていた
「連れてくって何処にっすか?」
『“紅”の拠点だ、此処よりは安全に手当出来る。行くぞ。』
3人分の足音がパシャパシャと鳴る
ベルは借りてきた猫のように大人しくなった
きっとケンタの死をジワリジワリと自覚してきたのだろう
対して自分はというと…
「紅の拠点にパンツってあります?男性用Mサイズ」
『…漏らしたのか?』
「いや、興奮し過ぎて射精したんすよ」
初対面の男女にドン引きされている
仕方ない、人間はあまりの芸術作品を前に欲を抑えられないんだから
暗闇の中に一筋の光が来た時、抗えないのと同じで
〜あとがき〜
お題に沿ってはなかったと思う
無理やりこじつけた感じ
自創作のワンシーンです
テルヒコあんた頭おかしいよ(褒め言葉)