同じ市内のアパートに引っ越すことになった。断捨離をしていると、古い日記帳を見つけた。表紙に名前はなく、中を開いてみると、約5年前、小学生高学年の時に私自身が書いたもののようだ。何気なくめくってみると、私は唖然とした。殴り書きで、消しゴムを使わずに汚く書いてある日もあった。そして、殆どがネガティブな内容だった。
"委員会でミスしておこられた。私ってほんとにしっかりしてないね。××ちゃんもあきれてた。私はきっとこれからもぜんぶ上手くいかない。もうやだ。"
"じょうだんのつもりなのに〇〇をおこらせた。きっと私は調子のりすぎてるんだ。しゃべるの下手ならしゃべらなきゃいいのに。"
やめて。と思った。日記帳を持つ手がゴミ袋のガラクタたちを掻き分ける。そして日記帳を奥へ押し込めようとする。私は今、高校生でそれなりに上手くやっていると思う。もうこんなネガティブな記憶なんて捨てたはずだ。だから、これはもうゴミだ。でも、今の私はこの日記帳の延長線上にある。現に、今の私もミスに対し自分を貶して酷く落ち込む。それに誰かの日記帳に私の過去が描かれているかもしれない。自分の中では捨てた記憶も、誰かの中には焼き付けられ忘れられることがないかもしれない。諦めよう、結局今の私は、過去の私や誰かの日記帳から逃れられないのだ。私は日記帳をゴミ袋から拾い上げ、空の引き出しに入れて鍵をかけた。誤って見ることがないように。でも、受け入れられる時が来るかもしれないから。
「えっ…とー」
「この4人から1人、あの2人のグループに入るんだよな?」
「うん……。」
「…………。」
みんなが俺をちらちらと見ている。なんでだ。なんでなんだ。俺なしの3人グループが良いのだろうか。しかし申し訳ないがクラスで浮いている感じのあの 2人に入っていくのは……。俺はやるせない気持ちで窓の外を見た。視界がぼやけてきた。俺はなんでいつもこういう都合のいい奴ポジションなんだ。みんながそわそわしだした。気を遣われてより惨めになるより、早く自分から名乗り出た方が良いのだろうか。いやでも、そしたらまた都合のいい奴になるし…。
その様子を気まずそうに見ていた2人が、一番やるせない気持ちなのであった。
私にとって、図書館という本の海は新たな生き甲斐になった。
広くて綺麗だが長い歴史を感じ、かつ新しい感動をもたらし探究心をあおる海。その広さの中に一人乗りのボートで漕ぎ出せば冒険の始まりだ。足がつくかつかないかの浅いところにいるいきものたちの場所はいつも通り。次のいきものに一匹ついてきてもらう。たまに次の一匹が見当たらない時もあるけど、私は出てくるのを待つのも好きだ。海底が急に遠くなった。いつも訪れないゾーンだ。私は好奇の目で海をよく覗き込む。新しいいきものがいた。そっと手に取って見る。新しい世界だった。そうやって時間を気にせず海の冒険を楽しんで、陸に上がり、手続きを終えた。海から出ると急に現実が訪れる。図書館を出て横長のトートバッグの中のたくさんの本を見つめる。この本たちが私のライフラインだ。そしてこれらを読み終わる1週間後には。私はまた、本の海へ。
中学の同窓会の帰り、十数年ぶりに幼馴染と地元の磯に訪れた。幼い頃はよくここで彼女とちいさなカニを探したものだ。水際で平たい石を見つけては、持ち上げて裏返す。カニ探しはかつての僕らの心を完璧に掴んだ。あの楽しさは今でも忘れられない。
幼馴染が僕に微笑んで言う。
「そうちゃん、カニ、探す?」「うん。」
僕らはカニを探した。黙々と探した。あっという間に日が暮れて、僕らは立ち上がった。
「そろそろ行こっか。」「うん。」「楽しかったでしょ。」「まあね。」
ふふふ。彼女が微笑む。「ね、楽しかったでしょ。」
僕は確かに楽しかったので頷いた。昔から、そうちゃんって顔に出やすいからさ。彼女がそう言う。僕は昔から表情があまり動かず、皆からは何考えてるか分からない、と言われることが多かった。
だだし、唯一無二な僕の幼馴染には、僕の心を裏返して奥を覗き見ることが可能だということだ。
わたし、君に触れてみたかったんだ。
クラスが同じだけのあの人。
「好きな人」なんかじゃないけど、何故か気になるあの人。
ただのクラスメイトすぎて、君のことは全然知らない。ちょっと悔しいけど、クラスの他の女子より知らないかも。
だけどもしかしたら、深く知ったら嫌になるかも。それでも知ってみたい。
恋人になってほしいわけじゃないんだ。純粋に興味なのかな、君という存在をもう少し知りたかった。触れてみたかった。
まあ、もう遅いんだけどね。
わたしと君は、今まで通り他人。
でもこう思うのは仕方ないよね。
心の中で、さよならを言う前に、
君に触れてみたかった。