彼女と僕の『平穏な日常』、なんてものは。
取るに足らない、本当にちっぽけなことで、波立ってしまうものなのだ。
「あ、おでこの、ここンとこ。このヘンになんか、できてるよね?」
「っっ! ……っ、もうっ、なんで……」
「ん? どした?」
「……フキデモノ。朝からさ、できちゃったなぁって、気にしてたの! なのに、そんなふうに……っ、あ〜〜〜、もうっ!」
「え、え、なんで、」
「気づかれたくない人には、気づかれたくないの! そのくらい、わかって欲しかった」
と、苛立った声の彼女が言い……。
そう。どうやら僕は、そのちっぽけなフキデモノには、見て見ぬフリをしなければならなかったらしく。
「えーと。いや……疲れてるのかな、って」
「………………」
パンとかベーコンエッグとか、いつもの朝食が並んだ食卓越しの彼女は、無言のまま。
ちょっと涙目になってて、むくれ顔で……あーあ。
僕たちの平穏を奪った、フキデモノの野郎……と。
僕は僕の失言を棚上げにして、この瞬間、この世の誰よりも、彼女のおでこに突如出現したフキデモノを恨む。
こうなってしまった彼女への完璧な対処法を、僕は未だに見つけられてないのに──。
「今日さ。夜はなにか、外に食べに行こうか?」
「……こんなのができちゃってるのに、外に行くのヤダ」
……はい、失敗。
こんなときどうしたらいいのか、AIにでも訊いてみようか?
んー……たぶんだけどさ、『愛と平和』を受け入れることってのは、それらに反発するよりもスゲェ難しいことなんじゃないかなぁって、例えば職場で気に食わないヤツと同じ空間にいるだけで胸ン中がザワザワしてイライラが隠せなくなったりするオイラとしてはだな、そーゆうのが受け入れられない奴のほうが世の中にはたくさんいるんじゃないか……ってね、思うから。
だからー、まだ「ラブアンドピース」ってモンを受け入れらんねぇ奴には、オイラも含めてだな、「まぁ頑張ろうぜ」って……な?
うん、そうだ。「頑張れ、頑張れ」って、注射を怖がってるちっちゃい子やワンコに言い聞かせるみたいに、とにかく励ましてやるし、そんでその怖い注射を頑張って受け入れた奴にはちゃんと「おまえ‼︎ あんなに嫌がって、怖がってたのによくやった、ちょースゲェじゃん‼︎」って、ホメちぎる準備だってしとくから。
だーかーらー。いま世界中で派手に「ラブアンドピース」に反発してるどいつもこいつも、もうちょっとだけさ、頑張ってみない? って言うからにはオイラも、職場でクッソ気に食わない奴がいても、もうちょっとだけ頑張ってみるから……って。
……あれ?
これってなんだか、上から目線ぽくね?
だってよ。どいつもこいつも、頑張ってねぇってわけじゃねぇだろ? それをなんか、どいつもこいつもが、まるで頑張ってねぇみたく……。
っとに。何様なんだよ、オイラって奴は!
えーはい! どうも、すみませんでしたー‼︎
んー……でも、さ。
この際言っとくわ、「頑張れ、頑張れ」って。
「頑張ろうぜ、お互い」って意味を込めて。
こんな独り言なんか、どこにだって届くわけなんかないんだけども。
そんでもいいから、独り言みたくつぶやいてたいだけ……ただそれだけ、なんよ?
『過ぎ去った日々』は共に追憶する人がいなければそのうち、容易に思い出せなくなる。それはその記憶へと至る神経接続を強化し続けるから、ということなのだろうが、それを知りながら、辛い記憶ばかりを忘れられないのは何故だろう? などと首を傾げてしまう、記憶を誰とも共有せずとも繰り返し、繰り返しその記憶の再生ボタンを押し続けているのは、他でもなく自分自身であり、けれど自身だけではそれを止められなかったりもするから、本当に厄介だ。
それはもう過ぎ去ったこと、過去のことなのだ、と傷つけた相手に思ってもらえるには、どれくらいの時間が必要なのだろう? そしてそれは「許される」と同義になるとは限らず。
それでも。傷つけられた強くて優しい人は、許せないけれど過ぎ去ったこととするし、許さないけれど復讐や報復をしない。
そのことがその人の「強さ」だとか「優しさ」なんかで片付けられてしまわないように、どうかその人が報われますようにと、遠く及ばないけれど自分もその人みたいになれますように──そう願いつつも私は偽善者であるから、同時に「どうか自分の罪が許されますように」とも、しっかり願うのだ。
──と。
こんな矛盾ばかりの落としどころの無い雑文を最後まで読んでくれた優しいアナタがこの世にいることで、私は勝手に「許された」ような感覚を得る。承認要求を満たすことと、許されることとはまったく別のものなのにね、でも、読んでくれたことがうれしいから……ありがとう!
これまでのあらすじ:陽菜ちゃん(5歳)は転んで頭をぶつけたせいで、前世で大好きだった推し、りょーじくんのことを思い出した! 陽菜ちゃんのことが大好きで心配性なパパの協力のもと、日々推し活にいそしんでいるよ! (先月の『ブランコ』『待ってて』『バレンタイン』のつづきだよ!)
「陽菜ちゃ〜ん💕 今日は『ひなまつり』! ひなまつりってのはつまり、陽菜ちゃんのためのお祭りなんだよ〜! ……ん? これは……」
「あのね! ひな、よーちえんで、おひなしゃまつくったの〜」
「そっかそっか! うん、とってもかわいい、上手! ウチの陽菜ってやっぱり、神童なんじゃないかな……と、あれ? こっちのは、」
「りょーじくんの、あくしゅた?」
「うん。これ、りょーじくんのアクスタに、折り紙の着物着せてるのって、」
「えへへっ。あのね、おひなしゃま!」
「えーと、この水色の着物のりょーじくんがお内裏様だよね? 隣の紫色の着物着せたアクスタは、」
「いっぺーくん!」
「そう、いっぺーくん。……りょーじくんと、いっぺーくんの結婚……?」
「あっ、えっとねえっとね、けっこんとか、わかんなくって、んっとね……なかよし、なの!」
「っ、なかよしね、なるほど! なかよしさんだからかー、そっかそっか。結婚とか、陽菜ちゃんにはまだわかんないよなー、うん、わかんなくっていいんだよー、ハハハッ。じゃあ、なかよしさんをウチのお雛様と一緒に飾ってあげようか。でも、他のメンバーのアクスタは、なかよしさんの仲間にしてあげないの?」
「それは、おしかぷ……」
「ん? かぷ?」
「あわわ、えっとねえっとね、パパだいしゅき〜!」
「っっっ! パパも陽菜が大好きだよ〜💕」
暗黒に飲み込まれようとしている、この世界で。
神が我らにその存在を示した『たった1つの希望』──すなわち、神託が選んだ聖女は他でもない、貴女様なのです。
さあ、この世の暗黒たる魔王を討ち果たすべく、いざ共に参りましょう!
「……無理」
「……え?」
「いま、無理だから。とっとと帰って」
「っ、そんな! 貴女様がいなければ、世界は!」
「いまワタシがいなくなれば、この店は! 空腹に耐えかねた冒険者たちがそれこそ、魔物の群れのように暴れ回るでしょうよ! 見てわかんない? いまちょうど満席になって、料理の注文がドカンと入ってきたトコなんだから!」
「え……あの、でも、」
「うーるさーいっ! 集中して作りたいの、話なら後にして! ヒマならそこの鍋とフライパン、洗っといて!」
「はっ、はい!」
◇
「えええ? いまそこに伸びてる中年のオッサン……相手の状況をこれっぽっちも見れない、洗い物もろくに出来なくて使えなかったコイツ、いやこの方が、本当に王弟殿下で? しかも、魔王討伐のためのパーティーを率いる、勇者だって? 大体さぁ、食堂のオバチャン、って呼ばれてるワタシが聖女って、神託がどうかしてるとしか、」
「手をかざして「ヒール」と唱えてみてください」
「はぁ。……ヒール」
「……はっ。私はいったい……あっそうだ、とにかく鍋を洗わねば、」
「殿下、気がつかれてよかったです。ほら、貴女様の呪文で、王弟殿下がちゃんと、回復しましたよね?」
「えええ……ワタシに、こんな力があるなんて。ってか、こんなオッサンとオバチャンのパーティーって、」
「ちなみに魔法使い様も同年代ですのでご安心を」
「なにをどう安心しろと?」