『欲望』
欲望を感じて
うずり、と
手足のない
生き物のように
蠢く
心臓あたりの
あの器官が
感じる
愛おしさに
きゅう、と
無垢なもののように
痛む
不可解さ
いまごろ気づいたけど
欲望にも
承認欲求があるのだ
ここにいるのに
いないものとされる
行き場の無さを
想像して
痛む
あの場所だけは
わたしの
欲望の存在を
否定せず
肯定する
どんなにそれを
否定したとしても
なお
関係者各位:
春の日差しの麗らかなる本日、当方の10年来の片想いの相手に想い人がいることが判明し、これによって当方の失恋が確定しました。
ついては、今後の人生で彼の姿を絶対に見ることのないどこか『遠くの街へ』拠点を移すことを決心しましたので、この告知書にてご報告させていただきます。
なお、皆様への個別の挨拶等行き届かないことをどうぞ、皆様の寛大なるお心を持ってお許しくださいませ。
「……ほらっ、書いてやったわよ! これで文句ないでしょ、じゃあワタシは行くから」
「待て待て待て、待ってくれ! あのなぁ、Sランク冒険者のギルド移動は、国にも承認をもらわねばならんのだ、だから、」
「っ、ちょっと! さっきは、ギルド所属の他の冒険者が納得しないって、そういう説明だったわよね? だから告知書にこうやって、自分の傷に塩塗るようなことまで書いてやったんじゃないっ、詐欺よ詐欺、ギルド長のくせに詐欺なんて、恥を知りなさい!」
「落ち着けって! 大体、失恋くらいで、」
「失恋くらいで、ですって……? 」
「あっ、いや違う、その……悪かった、失言だった、すまん。だが違うんだ、言いたかったのはそういうことじゃなくて……つまり、だな。失恋には新しい恋が効く、とか……あっ、頼むから、ちょっと待ってくれ!」
「いっちばん言われたくないことを、いっちばん言われたくない人に言われて、待てるわけないでしょうっ! ……え、なんでドアが開かないのよ。って……魔法障壁?! どうゆうこと、これって、外から閉じ込められてる、ってことよね?!」
「あー……あいつら、本当にやりやがった……」
「心当たりがあるの? ……違うわね。要するに、ギルド長の差し金ってことかしら……?」
「違う! 本っ当に、違うから! ただあいつらは、俺のためを思って、だな……」
「っ、もう! こーなったら、力ずくで……」
「わあああっ! 抜剣、禁止! ギルドを半壊させる気かあああっ!」
◇
「……おい。扉の向こう、なんか言い争ってるようなんだが?」
「よーし、そろそろ警戒しておかなくちゃだな。オレたちはとにかく、この扉を死守しなくてはならない」
「魔法使い3人の三重障壁なら、たとえアイツが何かしらの理由でキレて、扉をぶっ壊そうとしても、持ち堪えられるだろ? ……たぶん」
「Sランクのアイツの剣気を、魔法使い3人以外のメンツで剣気使って受けて魔法使いたちの盾になる、って算段にもなってるわけだし、まぁ数分は……」
「ってかさぁ、ギルド長の奴! とっとと告白しろよなぁ、なんで言い争いになっちゃってるわけ?」
「大体、アイツの失恋ってのも誤解なんだし。どこでどうやって知ったのか、ギルド長に想い人がいる、って……」
「あああ〜クソッ、その想い人ってのはオマエだ、オマエ! って、声を大にして言ってやりてぇ〜!」
「あと、アイツの10年来の片想いの相手はオマエだよ! って、奴にもな〜!」
「にしても二人とも、なんでそれに気づけねぇんだ? なんなら、この街の人間の全員が知ってるってのに」
「それも、10年も……」
「そりゃ、奴らが自力で気づけてたらこんな、「告白しないと出られない部屋」なんて、必要ねぇだろ」
「まぁ、確かにな」
「っ、おいっ! 扉の向こう、いま「抜剣禁止」って、奴がっ!」
「全員、防御態勢! あんのクソ馬鹿野郎が、まさか、まだ告白出来てねぇのかよーーー?!」
『現実逃避』などと言われて世の人々から遠巻きにされてしまった「現実」が寂しそうに、涙目でこちらを見ていたのだ。
しょうがないな。僕は手招きをし、すると「現実」がおずおずと僕の傍らにまで近寄ってきたので、僕は「ほら」とスーパーで買ってきたばかりの安いドーナッツを一つ、手渡してやった。
「……おいしい」
ドーナッツを頬張り、そうポツリと呟いた「現実」の頭を、僕はそっと撫でてやる。自分だって、こいつのことを避けてたくせに……いい人ぶってるよな。
「ありがとっ」
「現実」の目をまっすぐに見られない僕は、「現実」の声だけを聞き、その声が嬉しそうなことに安堵する。
「……少しだけ。ちょっとそこまで、歩くか?」
「いいの?」
差し出した僕の手に、「現実」が恐る恐る手を伸ばし──僕らは、手を繋いで歩き出した。
春先の朧な月がその光で、遠巻きに僕らを照らしている。
そして作り出された、僕らの足元から伸びる長いカゲを、追いかけるように踏みながら。僕らはなにも話さず、ゆっくりと歩いていった。
そう、こうやって……穏やかに、寄り添うようにだって、僕らは本当は、いられるはずなのだ。
たとえそれが、臆病な僕がまたその手を離してしまうまでの、わずかな時間になるのだとしても──。
「……また。ドーナッツ、持ってくる」
「うん」
僕が手を離しても「現実」は、それに逆らうような様子も見せず。
そんな「現実」に対して僕は、次のドーナッツの約束しか、出来なかったのだった。
「……いいか、落ち着いて聞いてくれ。『君は今』恐らく、冷静に物を考えられない状態にある。そうじゃなければ、俺なんかにこんな、」
「えー? ワタシはいたって冷静ですよー? だってー、ここが夢の中なんだってことくらい、すぐにわかりましたから。にしてもなんですか、この至近距離は? いくらワタシの夢だからって、自分ちのベッドの上で、職場の上司にお姫様抱っこされてるとか、あり得ない設定すぎてちょーウケるんですけどー? こんなに顔が近くて、あったかくてフワフワしちゃって、ワタシの願望そのままに課長の顔面がそこにあるのなら! ワタシとしては、目の前にあるその山を登るしかないですよねー? ウフフッ」
「……つまり。何故俺の顔にキスをしたのか、それは俺の顔が目の前にあったから……と? もしこれが俺じゃなかったら、こんなことはしなかったと、そういうことなのか? 」
「えー? そんなの、当たり前じゃないですか! ……ワタシが無差別にキスするような人間だとでも? そんなのひどい、ワタシの夢の中の課長なのにっ……ううっ」
「ええっ? いや違う、ええと……俺が悪かった、だから泣きやんでくれ」
「じゃあ……ぎゅーって、してくれませんか?」
「……は?」
「だってこんな夢は、そう都合よく見れるモンじゃないですし? わぁ、ヒゲでほっぺがチクチクするなんてリアルすぎ、フフフッ」
「っ、抱きついてからの頬ずり、あの園山さんが……? まぁでも、きっと明日には全部忘れて……あークソ! なんだよ、この可愛い生き物は?!」
「わぁ、課長のぎゅーだぁっ。うれしいなーっ……やだ、まだ目、覚ましたくない……ぐぅ」
「っっ! ……え、寝た? 寝たのか? ……寝てるのに腕が外せない、せめて添い寝状態に……よい、しょっと。……で? このまま朝まで、か……」
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「……いいか、園山さん。君は今恐らく、冷静に物を考えられない状態にある、だから土下座なんかやめて、」
「申し訳、ありませんでしたーーー! 酔っ払って自力で帰れなくて、上司に部屋まで送らせて、しかも朝まで介抱させてしまっただなんて、ああぁあーもうもう、もうっ!!」
「……それで? 君はどこまで覚えてるんだ?」
「え? ええっと……課長と一緒に乗り込んだタクシーから、自力で降りられなくて、それで……あれ? え、待って。あの、お姫様抱っこの夢は、まさか……?」
「口にしたセリフなんかは、覚えてるか?」
「っ、そうですね……残念ながらお酒で記憶を無くさないタチなので、順を追って思い出せば……」
「……山に登る理由を、尋ねても?」
「山に登る理由は、そこに山があるから……あっ」
「よかった、覚えてるんだな」
「あっ、いえ? えっとその、あの、」
「再現してみよう。俺の顔面を園山さんの目の前に差し出したら、どうなるか」
「かっ課長? ……きゃあっ?! 待ってくださいっ、課長は今恐らく、冷静に物を考えられない状態に、」
「そんな状態に誰がしたと思ってる、誰が!」
この2月の空には、さっきまでみたいな、すぐにでも泣き出しそうな『物憂げな空』のまま、そのままでいてほしかったのだ。
けれど。空は存外早々に雲を散らしてみせ、だけど遠くの山々が見えない程度には曇ったまま、所在なく夕日のオレンジを纏って、表情をわずかに緩めるだけの笑みを見せてきたから、ボクはちょっと裏切られたような気持ちになった。
もしも空から一粒でも水滴が落ちてきたなら、ボクはきっと「……ほら。キミはそうやってさ、簡単に泣くよね」とか、そんな言葉を平気で投げつけて、そしてやっぱり、キミに裏切られたような気持ちになったのだろう。
無理して笑ってみせるキミも、泣いてしまうキミも、どちらも許せない──笑うことも、泣いてしまうことも出来ないまま、この風の吹かない場所にボクと、ずっと一緒にいてくれたらよかったのに。
「でもね。ボクたちは、ずっとそのままではいられないのさ。どんな場所にだっていつかは風が通り、時は過ぎる──良くも悪くも、ね?」
……ボクは。
裏切り者の言葉なんか、信じない。
どこにも行けないボクのままでいい、淋しくなんかないのだから。