『1000年先も』
人々は
揺らす心を
歌にする
平安の世の
誰かしら
一人くらいは
思ったのかな?
ぼくの屍を苗床にして
芽生えた植物がどうか
『勿忘草(わすれなぐさ)』
ではありませんように
ぼくは忘れ去られたい
何も遺したくなどない
そう嘯いたぼくの残骸
そのうちの半分ほどの
本音を曝け出すように
勿忘草が咲きこぼれて
けどそれを見たきみが
二人の日々を思い出す
など絶対ないのだから
どんなに華麗に、そこから降りたとしても。
お前が蹴り上げたそれは、世の理に則って戻ってくる。
ほんのひと時でもそれを忘れたならば、お前は──背後からのそれに、強かに体を打たれ。心の底から打ちのめされるだろう。
そして──それを知る、俺だからこそ。
いまのお前に、してやれることがあるのだ。
「陽菜、いいかい? 降りるときは完全に止まってから降りるんだ、いいね? これ守ってくれないなら乗っちゃダメ、わかった?」
「パパー、ひな、もういくのっ。『ブランコ』ひとりでのるの、できるのっ」
「それから! 乗ってるときは、ぜーったいに、手を離すんじゃないぞ? ああやっぱり、陽菜にはまだ早いんじゃ……」
「ううー……パパ、きらいっ!」
「え、きらっ……っ、陽菜ぁ〜っ?!」
いつの日かたどり着くはずのこの『旅路の果てに』は、いまこのときの苦しみをどう振り返るのだろう。まさか、忘れ去っていたりは……するかもしれない。この後に訪れるもっと大きな苦しみに、いまの痛みなど霞んでしまって──なんてこともあり得るのだし。
……ってなことを考えてないで、さぁ早く、この長編小説の続きを書かないといけない。
旅路の果てに至らないこと──それこそが私にとって、最大の苦しみではないのか?
あわよくばなにかを『あなたに届けたい』という欲は否定出来ないこうして文章を綴るのは自分だけの自分に宛てた手紙のような楽しみなのでーなんてそれっぽいことを言ってたとしてもそういう欲があるからこそ生まれるモノがあるのだからそれを否定しちゃいけないそれがどんなにおこがましく独りよがりなモノだとしてもそれでいい許されているのだと思えるからこの『書く習慣』アプリがあってよかったっていう、そういうハナシなのです。今月もこのアカウントの文字列からなにかしらを受け取ってくださったアナタ様へ心からの感謝を。アナタさまに訪れる2月が素敵で素晴らしいものとなりますように!